第四十七話 夜明け
アラタが目を覚ましたのは、ヘリが五大湖南岸のアルトベルゼ軍基地に到着した直後のことだった。
東の空がほのかに色づき始めた夜明け前。アラタはリタと、ヘリを操縦していたジョン――エレノアに支えられながら、ふらつく足で故国の土を踏んだ。
「……生きて、帰って来られるなんてな」
トレーニングをしていたとはいえ、二年にも及ぶ獄中生活は確実にアラタの体力や勘を衰えさせていた。
負ける気など毛頭なかったが、可能性は充分あり得るだろうと考えていただけに、五体満足で帰国出来たことが未だに信じられないでいる。
「言っときますが、夢じゃないっスからね。かいちょー。目が覚めたんだったら、ちゃんとふくちょーにお礼言ってください」
リタのそんな言葉に、エレノアは「礼なんていらないさ」と小さく微笑みアラタに目をやる。
アラタは目を見合わせると、小さく頷き呟いた。
「……面倒かけた。ありがとう」
沈黙を貫いたキルグーシ軍の様子や今の状況を鑑みるに、どうやらアルトベルゼ政府はキルグーシの
セントラルシティでスタンフィールド総統の護衛をしていたエレノアが間に合ったのを考えると、事実を認識したのは今日の昼頃辺りだろう。
こちらに何の音沙汰も無かったのは恐らく通信の傍受を恐れてのことと、そもそも目的がドナルドの殺害であり、作戦に支障をきたさないから。
それでもエレノアを送り込んで来たのは、現総統のアラタに向けた、せめてもの温情なのだろうか。それとも……
(もし、は、考えるだけ無駄か)
二年前も、昨晩も、あれほど死を覚悟して、むしろ望んでさえいたというのに、今、生きて戻れたことを心の底から安堵している自分がいる。
もっと生きていたい。生きて、リタやエレノアや、ネリや……多くの友人達と共に過ごしたい。殺めた人々の墓標や家族に頭を下げたい。
叶うかどうか分からない、可能性で言えば恐らく叶わぬだろうことを願ってしまう己の心に、アラタは人知れず苦笑し、胸の内でひとりごちる。
(フェイ先輩、すいません。俺、生きたいです)
自らが殺めた、愛した人への、口にすることのできない言葉。
(あなたの分まで、虫の良いことかも知れないけど、それでも、生きたいんです)
視界がぼやける。目尻が濡れる。
(もう少し。あと少しだけ、ここで――)
地平線の彼方から、鮮やかな光と共に朝日が昇る。
アラタは足を止めて顔を上げると、その景色をしっかりと目に焼き付けた。
(――生きることを、赦してください)
あなたが目にすることのできなかった朝焼けを、友人達と眺めることを、赦してください。
「綺麗な朝日だな、相棒」
「……あぁ、本当に。綺麗だ」
神妙な面持ちで朝日を見つめるアラタとエレノア。
辺りに満ちた透き通るような静けさを破ったのは、誰かさんの元気な腹の虫だった。
「……なんスか! 昨日の夜から水一滴飲んでないんだからしょうがないじゃないっスか!!」
赤面してそう取り繕うリタに、二人は目を見合わせて笑みを浮かべる。
確かに腹が減ってきた。
昨日の昼間に食べたフィッシュバーガーの味が、もう懐かしかった。
*
「…………アラタ・L・シラミネ。お祖父様の仇は、きっと取らせてもらう」
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