第三十八話 二つの道
リタに眉間を撃ち抜かれ、額から血を流した見届人が力無く倒れ伏す。
「死なせない……!」
リタは逃げ惑う人々を踏み越え鉄柵をよじ登ると、処刑台のアラタに向けて一直線に駆け出した。
阿鼻叫喚の地獄と化した刑場に満ちる悲鳴を聞きながら、リタは行く手を遮る衛兵達に発砲して強行する。
その様子を、アラタは何処か遠くのものを見るような目で眺めていた。
(リタ……)
鬼気迫る表情で刑場を突っ切る後輩。無謀にも思えたが、どうやら雑踏の中には仲間もいるらしい。
自分を殺したくてしかたなかったその少女が助けにやってきた現実を受け入れられたのは、彼女が絞首台のてっぺんまで来てからだった。
「かいちょー、逃げるっスよ」
首吊りロープと手錠を外しながらそういうリタに、アラタは震える声で問い掛ける。
「お前、なんで……」
「死なせるわけには行かなくなった。詳しくは後で話すっス!」
そう言って拘束の解けた手をしっかりと握りしめられ、アラタはリタに引っ張られるがままに刑場の裏口から脱出し、そこに停めてあった車に乗り込んだ。
*
緊張感に包まれた無言の車内。
窓から見える外の景色から、セントラルシティを西に出るつもりらしい。
あまりにもあっさり、拍子抜けするほどすんなり脱出できたのを見るに、相当数の内通者がいたことはまず間違いない。
緊張感こそあれど、後ろを尾行されている様子も無い。かなり綿密な準備を行った末の作戦なのだろう。だが、
(俺にそこまでの価値があるのか?)
リタが来たということは、『セラフィムの意志』の残党が関わっているわけではなさそうだ。
アラタの総統暗殺と政権交代によって、『学園』『警備局』『中央』はその権威を完全に失った。
伝聞では三つの機関は一度解体され、諜報員・工作員の一部は現総統スタンフィールド直轄の機関に再編入させられたらしい。
そこに参加させる為に、政権がわざわざ一芝居打ったのか?
(いや、無いだろうな)
思想面での対立や方針の違いこそあっただろうが、スタンフィールド個人は、基本的には前総統アダムスを信奉していた。
それに、アラタのような政治的凶悪犯に白昼堂々脱走されたとあっては、政権の面目は丸つぶれ。
最悪、民主派政権は頼りにならぬと国民に思われて、軍部クーデターの呼び水となる危険さえある。
そんなリスクを背負ってまで自分を脱走させた理由が、アラタには見当もつかなかった。
刑場を立って二時間。人気のない場所まで出たところで、アラタは口を開いた。
「リタ。俺に何をさせようって魂胆だ?」
緊張が緩んだ車内。リタはアラタの方を振り返ると、静かに言った。
「選択です」
「選択?」
リタは頷き、続ける。
「まず、今回の件を指令したのは、スタンフィールド臨時総統。臨時総統は貴方に、ドナルド・アーヴィング理事長の暗殺をさせるつもりっス。
……発端は、再編された機関の諜報員が軍内部でクーデターの兆候があると気づいたことでした。彼らは、理事長を旗印にするつもりっス」
「居場所は?」
「割れてます。
ただ、臨時総統は信頼できる腕利きの部下が少くって、身の回りを守るので手一杯。そこで、かいちょーに白羽の矢が立ったわけっス。
かいちょーなら、裏切りようがないわけですから」
アラタは眉根を寄せた。
「それにしちゃ、随分大それたことをしたな。政権が倒れかねんぞ?」
「それが狙いっスよ。名目上、閣下はまだ臨時の身。民主派とはいえ、軍部独裁の延長線上にいます」
「……それを完全な民主制にするために、わざと?」
「そういうことっス。一度で二度美味しい計画です」
アラタは思わず苦笑した。食わせ物だとは思っていたが、予想以上だったらしい。
スタンフィールドは、本気でこの国を民主国家にするつもりだ。そのためなら、ハラキリも辞さないということだろう。
「それで、俺は何を選択すればいい?」
その問いに、リタは真面目な顔をして一枚の紙切れを差し出した。
「これは、フェイさんから生前預かっていたものっス。
……これを見て、選んでください。あの人の、本当に意志を継ぐか、否か」
そのただならぬ雰囲気に気圧されつつ、アラタは紙切れを開いて中を見る。
on't isten rime minister
これが何を意味するか、アラタは直感的に理解した。
日が西に傾き始める。日没は、まだもう少し先らしい。
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