第三十六話 述懐
一命を取り留めたアラタが目を覚ましたのは、事件から二日経った後のこと。会話ができるようになるまでには、そこから更に一週間を要した。
ある程度傷が癒え、回復してくると、アラタの身柄は国南部の島しょ部にある、軍の極秘収容キャンプに移送された。
凶悪なテロリストや政権を揺るがす可能性のある政治犯を収容するこの施設は、日夜容疑者に非合法な拷問を科しているとして、裏の社会では酷く恐れられている。
だが、アラタは自分が過酷な拷問をされる心配は一ミリもしていなかったし、実際この先それが行われることも無かった。
アラタには、もう隠すことなど何も無い。全てを大袈裟なくらい赤裸々に語ってしまって、さっさと処刑台に吊るされるのが、今の彼の望みだ。
刑務の兵隊に連れて行かれた取調室で待っていたのは、予想外に若い人物だった。
その顔には見覚えがある。憲兵隊の若手有望株の人間で、『セラフィムの意志』との関わりも無い。
アラタがイスに座り、刑務兵が部屋を出ると、若者は静かに口を開いた。
「……単刀直入に伺います。何故、こんなことを?」
冷たいコンクリート製の取調室の中には、既に各種拷問器具が配置され、出番を今か今かと待っている。
それらを横目で見渡しながら、一息ついてアラタは答えた。
「俺はこれから、真実を語ります。今更嘘をついても仕方ありませんから。
あなたには、俺の話を是非後の世に残して、出来るなら行動して頂きたい。本当の悪が、この国に潜んでいますから」
そうとだけ前置きをすると、アラタは語り始めた。
「俺に閣下達を殺すよう命じたのは、ドナルド・アーヴィング氏です。――俺は彼と取引して、あの日引き金を引きました。
あの人の意志を成し、多くの人々を、友を、救うために」
「あの人……とは?」
その問いに、アラタははにかみながら答えた。
「フェイ・リーという人です。俺の、大好きな人でした」
*
アラタ・L・シラミネの聴取は、成立間も無いスタンフィールド臨時政権の初動に少なくない影響を与えた。
スタンフィールドは聴取記録を元に憲兵隊と連邦警察に捜査を命じ、結果多くの過激派や『セラフィムの意志』のメンバーを逮捕出来た。
『学園』『警備局』『中央』のトップが死に、勢力に空白地帯が生じていたこの政権で、憲兵と警察は徐々に台頭していくことになる。
……だが、大量摘発の一方で、幹部連中の確保は遅々として進んでいなかった。
特に、『セラフィムの意志』の指導者と目されていたドナルド・アーヴィングを取り逃がしたのは痛かった。
北部の五大湖湖畔に築かれた彼の邸宅に突入した機動隊が発見したのは、寝室で自決したアーヴィング夫人の亡骸と、身元不明の少女の遺体が納められた棺だけだった。
行方をくらませたアーヴィングの捜索と並行して、総統殺害の大罪を犯したアラタ・L・シラミネの裁判は粛々と進行する。
検察側の容疑を全面的に認めた彼の様子は世界各地で生中継され、同情した一部の人々の間で助命運動が巻き起こった。
年明けから数ヶ月。アルトベルゼが夏の盛りを迎えた頃、アラタに死刑の判決が下った。
彼はそれを受け入れ控訴しないことを宣言すると、静かに収容所でその時を待った。
翌、西暦二〇二二年五月。死刑は執行される事になった。
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