ゼトランタ戦記

とろり。

第1話 姉弟


 月が照らす夜。

「姉さん、俺はこのままじゃ気がすまない」

「セト、無理はしないで。黙っていれば命だけは――」

「姉さん! 俺はもう耐えられない! 戦うんだ!」

 セトはロゼの顔を一瞬見やったあと、外へと飛び出した。


「セト…… 命は一つしか無いのよ……」

 ロゼは三日月のネックレスを右手で強く握った。


 セトは無我夢中で走り続けた。運命に抗うように、けれど、何もできない自分に腹が立つ。嫌なことを忘れようとセトの足は前を進んだ。

 息を切らし倒れ込む。夜風が草花を撫でる。セトは夜空を見上げて、笑った。

「俺って、ほんっと、無能だな」


 ガサッ

 何者かの足音。複数のその人間は何かを探していた。

「王の血を引く娘が近くにいる。三日月のネックレスを首にかけているとの情報だ。見つけたら、殺せ」

「はっ!」

 ザッ ザッ ザッ 

 兵士と思われる足音は次第に遠退く。


 「三日月…… ネックレス……」

 セトはロゼの首にかけているネックレスを覚えていた。それゆえに大きな不安がセトを襲った。しかし、ロゼが王の血を引く娘かどうか、まだ分からなかった。

「姉さん……」

 この辺りの地理をセトは熟知していて、ロゼのいる小屋までの最短距離を急いだ。


「ドム神父からの情報だ。死にたくなかったんだろうよ、剣を引き抜くとすぐに吐いた」

「レオナルド将、脅しでは?」

「戦乱の世。脅しなしではつとまらん」

「王の血を引く者達は全て殺したとアドニス臣から我々に通達があったはずでは?」

「親旧王派は信用ならんよ」

「アドニス臣は親旧王派なのですか?」

「諜報員によると、だ。だが確かだろうよ」

「しかし王の血を引く娘がこんな辺鄙なところに……」

「だからこそ、ここにしたんだ。我々の部隊に殺されんようにな」

 小さな小屋を発見したレオナルド将。

「さ、一仕事一仕事」

 部隊の先頭を進む。右手を挙げ、部隊を制止させるとレオナルド将は一人で小屋へと向かった。


「物音…… 誰か…いる」

 ロゼは殺気を感じ、小窓から外を覗き込む。

「官軍!」

 ロゼが状況を理解せずにいると、裏口からセトが現れた。

「セト! どこに――」

 セトはロゼの口を塞ぐと「ここは危険、逃げよう!」ロゼの手を引いた。


 トントン

 扉を叩くレオナルド将。

「こんばんは、こちらにロゼさんはいらっしゃいますか?」

 ろうそくの灯りが無口に光っていた。

 応答無しに苛立ち、扉を蹴り破る。

「ちっ 抜け殻じゃねえか」


 走る二人。

 セトは走る速度をロゼに合わせていた。

「セト どこまで行くの?」

「安全な場所さ」

「安全な場所って どこよ」

「さあ」

「さあって」

「ここを真っ直ぐ行けばドム神父の教会だ そこで助けてもらおう ダクス教には王も手を出さないよ」

「……」

「姉さんは俺が守るから」

「…… セト 無理はしないで 命は一つだけしか無いの」

「分かってる」

 月が照らす夜を走る二人。

 ドム神父のいる村へ。

 遠くにぼんやりと見える光。

 それは

 村を焼く炎だった。



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