第45話 幽霊船(3)


 二十分ほどトビーの背中にしがみついていると、水平線の先に大きな岩山が見えてきた。


「アキト、あれがロックの産卵場所だよ」

「大きいなあ。ところで、このまま進んでも平気かな?」

「ロックが卵を産むのは春の終わりなんだ。だからこの時期は何もいないはずだよ」


 それを聞いて安心した。俺だって巨大な鳥に喧嘩を売りたいわけじゃない。幽霊船とやらを調査するだけでいいのだ。


「ロックはいいとして、やっぱりアンデッドたちが心配だな」


 トビーが震える声で訊いてくる。


「ゾンビって泳ぐのかな?」


 映画やアニメで観たゾンビは泳がなかったな。走るのはいたけど……。


「たぶん泳げないと思うよ。もし泳げるのなら獲物を求めて船から離れていると思うんだよね」

「なるほど……」

「トビーは船にも詳しいんだろう?」

「ああ、どんな帆船だって動かせるぞ」


 トビーは真っ黒で大きな鼻を自慢げにうごめかした。


「だったら、外部から様子を探って、あの船が使えるかどうか見極めてくれないかな?」

「わかったよ! 早速近づいてみよう」


 さらに進むと段々と岩の形がわかるようになってきた。


「あ、アキト。左の岩陰に船があるよ。アルバトが言ってたのはきっとあれだよ」

「おお、あれか!」


 思っていたより小さい船だった。二本のマストが立っているけど、帆は降ろされているようだ。アルバトが言っていたとおり不気味な雰囲気はある。

 でも、この船を手に入れれば、オリヴィアさんを故郷へ送ってあげることができるんだ。あの人の憂いが少しでも晴れるのなら危険を冒す価値はある。


「キャラベルと呼ばれる船だよ。割と浅いところにも入っていけるんだ」

「岩に引っかかっているという話だけど使えそうかな?」

「ざっと見た感じでは船体に傷はなさそうだよ。もう少し近づいてみないとわからないけど」

「慎重にいってみよう」


 さらに船に近づいてみたけど、ゾンビのうめき声などは聞こえてこなかった。


「船の方は問題なさそうだ。アキト、どうする?」

「そうだなぁ……」


 俺の耳には波と船の軋む音しか聞こえてこない。


「ひょっとしてアルバトが嘘をついた?」

「アイツらならやりかねないよ。アルバトはほら吹きでも有名だもん。オイラだって何回も騙されているんだ」


 やっぱりそうか。俺を脅かすために嘘をついたんだな。

 船体からは縄梯子が海に垂れていた。これを上って行けば甲板にたどり着けそうだ。


「ちょっと上の様子を見てくるよ」

「一人で大丈夫かい?」

「いざとなったら逃げだすさ。トビーも異常を見つけたら、俺のことは構わずに逃げてね」

「わかったよ」


 俺はアックスを掴んで縄梯子に足をかけた。


 甲板にりゾンビの気配はなかった。


「どう、アキト?」


 海面から心配そうにこちらを見上げているトビーに手を振った。


「やっぱりアルバトにかつがれたんだよ。ゾンビなんて一匹もいないぞ」


 それとも海を泳いでどこかへ行ったか? それにやっぱり人の気配もない。


「こんにちは!」


 大きな声で呼びかけたけど返事はなかった。


「誰もいないみたいだ。俺は船内を探ってくるよ」

「気をつけて。ゾンビに知能はないけど、やつらを操る死霊術師やリッチは危険だから」

「わかった。何かあったら俺に構わず泳いで逃げてね。俺は俺で移動魔法を使うから」

「了解。無理しちゃダメだからな」


 アックスを握り直して後方のキャビンの扉を開けると、細い通路が続いていた。手前の扉から順番に開けて中を確認したけど、やっぱり人もゾンビもいなかった。


「いよいよわけがわからないぞ。本当に係留がほどけて流れてきたのかも……」


 どの部屋も窓は開いていて新鮮な空気が入ってきている。ゾンビがいれば腐敗臭がしそうなものだけど、そんなのはない。ただ、壁や扉に引っかき傷が目立つ。これはやっぱり……。

 部屋を一つずつ確認して一番奥までやってきた。きっとここが船長室だろう。開けてみるとこれまでの部屋よりずっと大きく豪華な造りで、ソファーや食卓、奥には大きなベッドもしつらえてあった。


「へぇ、お風呂まであるんだ」


 立派な部屋だったけど人はやっぱりいなかった。


「おや、これは……」


 窓に向いたところに小さな机があり、その上に航海日誌が置いてあった。

 この世界に来たときからなぜか言語は習得できている。おかげでオリヴィアさんや聖獣たちとも意思疎通は可能だったわけだが、どうやら文字もきちんと読めるようだ。

 この船がどうしてここにあるのか手掛かりがつかめるかもしれないから、読んでみよう。最新の日誌はどうなっているかな?


 火の季 上の候 四日

 部下たちはほとんどゾンビにされてしまった。生き残った僅かな仲間と立てこもったが、ここが突破されるのも時間の問題だろう。それもこれもアハーバックの亡霊の仕業だ。財宝に目がくらんで奴の墓を暴いたのが運の尽きだった。

 せめてアイシャに虹の腕輪を渡してやりたかった。娘よ、愚かな父を許してくれ。


 航海日誌はここで終わっている。つまりこの船は亡霊に襲われて、乗組員は全滅したってことか? 

 まずい、もしかしてアハーバックの亡霊とやらはまだこの船内をうろついているかもしれないぞ。


「トビー、逃げろ! うっ…………」


 叫びながら通路に出ようとした瞬間に目の間が暗くなった。体に力が入らなくなり、その場に倒れこんでしまう。そして俺は意識を失ってしまった。


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