第43話 幽霊船(1)


 今日は3番の招き猫まで足を運んだ。ついに俺も魔物と対峙したけど、余裕を持って討伐できた。

 巨大なミミズのような化け物で動きが遅かったから怖くはなかったな。これが苦手なカマキリだったらこうもうまくはいかなかっただろう。

 その大ミミズだが「可食判定」を使ってみたけど、生臭くてどう調理しても食べられないことがわかった。大ムカデのようにはいかないようだ。なんでもかんでも食えるというわけじゃないんだね。

 そのかわりこんなものを見つけた。


  名称:ピンクゴールド岩塩 ◎可食◎

世界でもっとも美味と評価される幻の岩塩。

  最高の調味料。


 少し舐めてみたんだけど、中毒になりそうなくらい美味かった! しょっぱいんだけど、角がなくてマイルドな味わいなのだ。

 塩の粒を口の中に放り込みたくなるくらい美味いんだよ。そんなことをしたら高血圧になってしまうけど、我慢するのが大変なくらいだった。

 塩キャラメルとかスイーツに使ってもいいんじゃないかな? 塩のはいったバニラアイスクリームとかを作ったらタマさんが大喜びしそうだ。

 魔光石は大豆くらいの大きさのものを二つだけ見つけた。色は青と緑だ。どれくらいの価値があるのかはわからないけど、少しはオリヴィアさんの役に立ってほしい。


「今日はこれくらいにして戻ろうか? 無理をするのもよくないだろう」

「そうですわね。この美味しい岩塩をタマさんたちにお分けしたいですものね」

「そうそう、また明日くればいいさ」


 そういったのだけど、その明日は来そうになかった。

 ミニャンの集落に移動した俺たちはブチさんから人間の船が島に近づいていることを教えてもらったのだ。


 岩塩を届けに行くとタマさんが嬉しそうに教えてくれた。


「アキト、人間の船が来るニャ! 明日には到着するから美味しいものが食べられるニャンよ!」

「船が? 予定より早くない?」

「きっといい風が吹いたニャ。タマのために風の妖精シルフィーが頑張ったに違いないニャ」


 オリヴィアさんが帰るのなら一刻も早い方がいいに決まっている。だけど、俺は複雑な心境だった。


「タマさん、どうして船が来ているとわかるのですか? 砂浜から船がみえるのでしょうか?」


 オリヴィアさんの疑問ももっともだ。もし船が見えるのなら船影を確かめたい。

「違うニャ。アルバトからの情報ニャ」

「アルバトぉ~。ガセネタなんじゃないの?」

「うんニャ、コロッケと引き換えに情報を教えてもらったニャ。あいつらは何よりコロッケが好きだから嘘はつかないニャ」


 ちょっと信じられないけど、明日になればわかることだ。


「どうしたニャ、二人とも浮かない顔をして? 船を待っていたんじゃニャいのか?」

「そ、そうだよ。うん、よかったね、オリヴィアさん」

「え、ええ……」


 オリヴィアさんは曖昧な笑顔で頷いた。


「さて、もう少しで日も暮れるし夕飯の準備をしよう。一緒に食べられるのは最後になるかもしれないから今晩はご馳走をつくるよ」

「だったらタマも行くニャン! アキトは何を作ってくれるニャンかね? 楽しみニャ」

「行ったら、だめニャ」


 はしゃぐタマさんをブチさんが止めた。


「なんでニャ! タマもご馳走が食べたいニャ。ミニャン差別はよくないニャ!」

「タマ、アキトとオリヴィアは今日でお別れにゃ。そっとしておくニャ」

「ニャ……」

「そんなに気を使われるとかえってやりにくいよ。タマさんも来ていいんだぜ」

「いいから、二人で夕飯を食べるニャ」


 ブチさんに促されて俺たちは二人でベースキャンプに戻った。



 ポイントは9あったので食料ガチャ・ゴールドを引くと牛肉の塊が出てきた。


「おお、ついに炙り肉が食べられるね」

「本当は私が仕留めた獲物を差し上げたかったのですが……」


 オリヴィアさんはあいまいな笑顔だ。


「いいよ、いいよ。美味しい岩塩もあるんだからこれを焼いて食べよう」

「遠慮なくいただきますわ」

「そうだ、今夜はベーレン・アウテックを開けようか? 肉だから赤ワインの方が合うかもしれないけど、せっかくだからさ」

「ダメです」

「どうして? ワインは好きだったはずじゃ……」

「お酒を飲んでしまったら、きっと私は感情の赴くままに振舞ってしまいます。でも、それではダメなのです……」


 オリヴィアさんは悲し気に首を横にふっている。彼女を苦しめるのは俺の本意じゃない。


「わかった。じゃあ、このワインはオリヴィアさんが持っていきなよ」

「そんな、いけません。非常に価値のある物なのですよ」

「だからさ。これは貴族の家にあっても恥ずかしくない逸品なんだろう? だったらハッフルパイモンさんの家に置いておけばいいさ。もちろんオリヴィアさんが飲んでしまってもいい」

「アキトさん」

「俺が持っていても仕方がないものさ。それより何かいいことがあったらこいつの栓をあけてよ」


 俺はベーレン・アウテックの瓶をオリヴィアさんに押し付けた。俺が飲んでもやけ酒になるだけだ。こうした方がずっといい。


「さあ、肉を焼こうよ」


 スキル「下処理のプロ」を使って肉を熟成させた。アミノ酸の分解を促し、うま味を増幅させるのだ。この技とピンクゴールド岩塩があれば最高の炙り肉ができるだろう。きっと、最後の晩餐にふさわしい料理になるはずだ……。


「さて、もう少しでできるけど、そろそろ暗くなってきたね」

「ええ、灯りが焚き火だけでは少し心許ないです。ランタンを点けましょうか?」

「それもいいけど、今日はいいものを用意したんだ」

「いいもの?」

「そう、これだよ。よっこらせっ!」


 隅に置いておいた丸太を持ってきた。直径は五十センチ、高さは七十センチある。


「これがいいものですか? 立派な丸太ですが、このままでは火は点きませんよ」


 さすがは焚火好き、いきなり太い木には着火しないことくらいとっくに学んでいるな。


「これは完成品じゃないんだ。仕上げはオリヴィアさんに頼もうと思ってね。オリヴィアさん、斬手刀でこれに切り込みを入れてほしいんだ」

「切るのではなく、切り込みですか?」

「そう、薪を作るんじゃないんだ。俺が作りたいのはスウェーデントーチなんでね」

「なんでしょう、それは?」


 スウェーデントーチは垂直に立てた丸太に切り込みを入れて内部から燃やす焚き火だ。切れ目から焔が噴き出てとても美しい。今夜はこれをいくつか焚いて楽しもうというわけだ。


「根元から拳二つ分くらいのところまで切り込みを入れてよ。ケーキを六等分する感じで」

「承知いたしましたわ」


 オリヴィアさんは手刀を青く光らせ、すぐに作業を完了させた。普通はチェーンソーとかでやるんだぞ。それをこんなに短時間に、素手でやるんだからすごいよね。


「次に1ポイントを消費して着火剤を入手。これを切れ目に流し込むよ」

「赤いゼリーのようですね」

「食べちゃダメだよ。お腹を壊しちゃうからね」


 着火剤を流し込んで、切れ目に木端を詰めれば完成だ。ぜんぶで四つのスウェーデントーチを作った。


「さあ、オリヴィアさんが火を点けて」

「はい……」


 小枝の先に着火剤を塗った簡易松明がスウェーデントーチに命を吹き込んでいく。やがて切れ目から焔が立ち上がり、夕暮れの穏やかな風に揺れ出した。


「きれい……」

「ああ、俺も初めてやってみたけど、これはいいものだな」


 こんな素敵な夕べを過ごしているのに、明日にはお別れなんて嘘みたいだ。


「さあ、肉を炙ろう。ついにこの島で炙り肉が食べられるんだ。景気よく焼こうよ!」


 俺は努めて明るく振舞ったけど、夕焼けに染まる海は美しすぎて、本当は泣きたかった。

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