第34話 洞窟探索(7)


 パーティーが終わると、もう周囲は暗かったけど、今夜は半月がまぶしく光っていた。ランタンを片手に帰れば躓くこともないだろう。


「ごちそうさまでした。ムカデがこんなに美味しいだなんて初めて知りましたわ。また洞窟でとってきますわね。ヒック!」

「ニャン、ニャン。ぜひそうしてくれニャ」


 固い握手を交わすタマさんとオリヴィアさんを横目に、ブチさんが俺に耳打ちする。


「オリヴィアは酔っているニャン。ワインを飲み過ぎたかニャ?」

「ん~、三杯くらいだと思うけど、お酒に弱いのかもね」

「アキト」

「なんだ?」

「チャンスだニャン」

「なに言ってんだよ、オリヴィアさんには婚約者がいるの。口説いたらいけない人なんだぞ」

「アキトは真面目だニャぁ」


 ブチさんはばつが悪そうにポリポリと耳の後ろをかいた。


「別に真面目ってわけじゃないさ。ただ、あの人はいろいろと背負っているものがあるみたいなんだよ。その日暮らしのキャンパーとは違うのさ」


 自由に生きられる今の俺とは進むべき道が違い過ぎる気がする。


「アキトさーん、まいりますよぉ!」


 ワインのせいか、少しはしゃいだ声のオリヴィアさんに呼ばれた。


「それじゃあ、ブチさん、また」

「おやすみニャン」


 ミニャンたちにお礼を言って家路についた。



 オリヴィアさんはふらついていたけど、いたくご機嫌だった。


「そこに石があるよ、気をつけて」

「平気れすよ、ちゃんと見えております。ふぅ……、今夜は飲み過ぎてしまいました」

「大丈夫? 少し休んでいく?」

「いえいえ、心配ありません。……でも、少しゆっくり歩いてもよろしいでしょうか? 家では絶対に二杯までしか飲ませてもらえなかったのですが、今夜は三杯も飲んでしまいましたから」


 絶対に、という言葉が引っかかった。


「どうして二杯までなの?」

「よくわからないのれすが、わたくしは三杯飲むと気が大きくなりすぎるそうです。そんなことあるわけないれすのにね。オホホホホホッ!」


 オリヴィアさんは高笑いしているけど、これは怪しいぞ。


「気持ち悪くなってない? 体は平気?」

「アキトさんは心配性でれすね。わたくしは元気ですわよ。そうだ、酔い覚ましに海岸の方を歩いて帰りませんか? お願いします」


 む~ん、そんなふうにかわいくお願いされると断れなくなってしまう。


「わかったよ、じゃあ転ばないようにゆっくりいこう」

「ええ、そうしましょう。なんだかすごく気分がいいんですもの」


 砂浜は月の光で銀色に輝いていた。火照った体に海風が心地よい。


「ふぅ……波が穏やかないい夜ですわね……」


 海の方を向いたオリヴィアさんの横顔は魅力的すぎて、見ていることができないほどだ。ブチさんが変なことを言うからおかしな気持ちになっている。

 俺は少しだけ視線を逸らして、彼女の横で優しく揺れているドリルを見つめた。


「この島に漂流しなければ、こんなふうに夜の海岸を歩くなんて一生できなかったかもしれませんわ……」


 期限付きの自由をはかなむ令嬢だったが、それでも幸せそうだった。


「あっ」


 流木に躓いたオリヴィアさんが倒れそうになり、俺は慌てて体を支えた。そのひょうしに俺が持っていたランタンが地面に落ち明かりが消えてしまう。


「えっ! 何事ですか!? どうして突然! 敵襲!?」


 魔の悪いことにさっきまで冴え冴えとした光を落としていた月が厚い雲の中に入ってしまっていた。


「大丈夫、敵なんてどこにもいないよ! すぐにランタンを点けるかね」


 手探りで地面に落ちたランタンを追う。その間もオリヴィアさんは俺にがっちりと抱き着いてきて動きにくい。

 ラッキーなんて喜んでいる場合じゃないぞ。オリヴィアさんの指が腕にめり込んで痛いくらいだ。この怯え方はやっぱり異常である。

 雲に隠れていた月が姿を現し、地上に光が戻った。海は何事もなかったかのようにさざめいているけど、オリヴィアさんはまだ歯をカチカチ鳴らして震えている。それでも、周囲が明るくなると同時に体は俺から離した。


「醜態を晒してしまいました、お許しください……」

「そんなことはどうでもいいけど、体の方はどう?」

「へ、平気です」


 青白い顔はどう見ても平気じゃなさそうだ。俺はランタンもつけて砂浜の上にオリヴィアさんを座らせた。


「やっぱり少し休んでいこう」

「はい……」


 うつむいたままオリヴィアさんは膝を抱えている。


「たしか、オリヴィアさんはアンデッド系が苦手だったよね?」

「アンデッド系というか……ゾンビが怖いのです」


 ゾンビという単語を口にするのも嫌みたいで、オリヴィアさんは絞り出すように喋っていた。


「何があったか教えてくれないか? 話せば楽になるかもしれないよ」

「…………」


 しばらくの沈黙の後、オリヴィアさんは重い口を開いた。


「一年ほど前のことでした。そのころ私は聖十字槍騎士団という聖堂騎士団の一つで中隊長をしておりましたの。自分で言うのもなんですが、家柄もよく、腕も立つ私は将来の騎士団長と目されておりました」

「オリヴィアさんなら適任だね」


 ところがオリヴィアさんは力なく項垂れ、大粒の涙を零してしまった。


「わたくしが適任などととんでもございません。私のせいで大勢の部下が命を落としたのですから!」


 オリヴィアさんのせいでそんなにたくさんの人の命が!?


「聞いて下さいますか、わたくしの懺悔を」


 潮騒が遠くなった気がした。張り詰める空気の中で俺は膝を抱えたオリヴィアさんの隣に腰を下ろす。そして、こちらの準備は整ったという合図として小さく頷いて見せた。


「……それは月明かりもない、真っ暗な夜のことでした……」


 青白い顔をしたオリヴィアさんは呻くように話し始めた。

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