02

「で、月を落とす子って、誰?」

 はじめて他人ひとに教える。その名前を外へ逃がしてやらないと、もう胸が張り裂けそうだ。

 高校からの下り坂、冷たい空気の流れへ、名前をそっと放流した。

「ユキちゃん」

 語の響きを歓迎するみたいに、粉雪がちらついた。

 が、聞いた友人は見当がつかないでいる。

「雪子ちゃんだよ。天藤あまとう 雪子ゆきこ──」

 辰徳は茫然とした。

「アマユキ……なるほど、アマユキが月面着陸すれば、たしかに月は落ちてくる。体重で。……光治こうじがデブ専だったとは」

「デブじゃないだろ。ぽちゃっとはしてるけど」

「それをデブと言うのだ。まあ、基準は人それぞれだが」

「あの子が好きじゃ、おかしいか?」ちょっと憤慨した。

「うむ。たしかにかわいい。目はドングリみたいにクリっとしてるし。ただなあ、あと7キロ、せめて5キロ減らしてほしい。問題はクビレだ。クビレさえ出れば爆乳アイドルに化けるかも」

「そーゆーんじゃないよ。爆乳とかどうでもいい。あの子は詩を書くんだ。それがすごくイイんだ。一年の時の文集、読まなかったか」

「読まない。ブンガクだめ。好きな子の書く詩だからイイと思うだけだろ」

「そうかな」

 ボクは詩の一節をそらんじる。


 雪がせっせと降っている

 わたしを囲んで隠してくれる

 世界から 街から あなたから

 

「隠れたいわなぁ」

 茶化した辰則をシバいた。

「イテえな。冗談だよ。でもさ、アネゴはどうすんの?」

 アネゴとは別クラスの金子 流美るみ。古い言葉だがスケバンだ。拳法を習得しており、痴漢を土下座させた武勇伝をもつ。その威光は他校にまで及ぶ。

「オレがなんで金子のこと考えるんだよ」

「アネゴって光治のこと好きじゃん。べたべたくっついてくるし。みんなそう言ってるゾ」辰則はニヤニヤする。「素直に受け入れろ。アネゴの美人度は学年一だ。それとも、尻に敷かれそうでイヤか?」

 ため息が出る。そんなカンジはある。教師さえ威嚇する目が、ボクに向くときはトロンとユルむのだ。

 くそっ。みんなそう思っているのか。

「もったいない。オレなら絶対アネゴだけど。まあ、アマユキとアネゴは正反対だしな。で、どうすんの。アマユキに告白コクるつもり?」

 ボクは厳然とうなずく。「そこでキミの使命だが、愛のキューピッドとなるのだ」

 辰則の目が点になった。

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