第2章 友達をつくれ!

21話 保育園デビュー

 6月上旬。

 時おり夏を感じさせるような暑い日々が続いていたが、こんな日に限って梅雨らしい大雨。外に出ると、半袖では若干肌寒さを覚えるほどだった。

 本日はいよいよ保育園デビュー。

 恵美が手作りした手提げかばんと、車の絵柄の付いた小さなリュック。そこには初日のせいかぎっしりと様々なものが詰め込まれているようだ。颯太の体では少しばかり重く感じる。

 だが、そんなことなど俺はどうでもよかった。今はただただ保育園へ行くことが憂鬱で仕方がない。


(いや、これも恵美が安心して仕事へいくため。そしてこれからの俺の行動で颯太の生活も変わってしまう……颯太が戻ってきた時に友達がひとりも居なかったら申し訳がない)


 空と同じようにどんよりと曇った気持ちをなんとか切り替えようと軽く頬を叩く。


(恵美の今後の不安も気にしなければならないが、今は目の前の課題をなんとかしなければ!!)


 こんな年になって小さい子供相手にどんな話題を話せばいいのか正直さっぱり検討も付かないが、所詮は子供だ。いつの時代でも子供なんて会話よりも遊びで作っていけるもの。


(子供の遊びなんて昔とそこまで変わってはいないに違いない!!)


 相手が小学生となると遊びにも幅が出てきて、テレビゲームの類いをしなければならないだろう。だが、相手にするのは保育園児だ。遊びも単純なものに決まっている。そう高を括っていた。


「颯太、行こうか」


 恵美に手を引かれ、俺は保育園へと向かう。俺が通うのは一度見学へ行ったところとは別の場所だった。恵美の新しい職場の近くの保育園に空きがあり、家から電車に乗り、駅に降りて数分歩いた場所にその保育園はある。


「ここが今日から颯太が通う保育園だよ」


 駅からしばらく歩いたところに佇む少し古い建物。きっと昔からやっている保育園のようで、前に見た保育園よりかは劣って映った。だが、昭和育ちの俺にとっては真新しい場所よりは居心地よく感じる。


「いいね!」


 俺は少し安心感が生まれ、笑顔で恵美に言った。


「良かった。颯太が気に入ってくれたんならママ嬉しいよ」


 こういう場合、はじめて母親と離れる子供は寂しくて泣いてしまうのが現状だろう。恵美もそれが不安に思っていたようだ。


「はじめまして、颯太くん」


 園の門を潜るなり、若い女の先生がにっこりと笑顔をつくって俺に目線を会わせるようにしゃがみ込む。


「今日からよろしくお願いします」


 恵美が軽くお辞儀をして先生に挨拶をした。


「こちらこそよろしくお願いします。颯太くんもよろしくね……わたしは颯太くんのクラスを受け持つ“かわしま なつみ”です。なつ先生って呼んでね」


 もしかしたら新人の先生だろう。大学でたてホヤホヤな印象を受けた。


「お母さん、颯太くんのお荷物お預かりしますね」


 恵美の大きな手提げバックを預かると、なつ先生は俺にまた笑顔を向ける。


「さあ、お母さんにいってらっしゃいってしようか」


「ママ、いってらっしゃい」


 俺は言われるがまま、恵美に向かって笑顔でそう言った。すると、なつ先生が驚いたように声を発する。


「颯太くん、偉いね!! 普通なら初日は泣いてしまう子がほとんどなんですけど……颯太くんはしっかりしてますね」


「いえいえ、そんな」


 褒められて恵美は照れ臭そうに笑う。


「じゃあ、颯太……行ってきます」


 少し俺を気にしながらも、恵美は保育園を後にした。


「よし! 颯太くん、今日からたくさんのお友だちと一緒に遊ぼうね!」


 なつ先生が俺の手を引き、園の中へと誘う。


(しょうがない……ここは子供らしく振る舞って乗りきろう)


「なつ先生、これからよろしくお願いします」


 社会人としての経験上、目上に対しての挨拶は必須だ。俺はなつ先生よりはだいぶ年上なのだが、颯太にとっては世話になる人。失礼があってはいけない。

 だが、子供らしからぬ行動になつ先生はまた驚いた顔をした。


(まずい。少し丁寧すぎたか)


「颯太くん、本当にしっかりしてるんだね~!! 人生何周目って思っちゃう」


 さすが若いだけあって、考えが楽観的だ。正直その方が助かる。


(というか人生何周もするもんじゃないだろう)


 心の中でツッコミを入れていると、すぐに教室へと辿り着いた。

 その瞬間、なつ先生のスイッチが入る。


「みんな、おはようございます!! これから新しいお友だちを紹介するから席についてください!!」


 俺が入ってくるまでは自由気ままに遊んでいた園児が一斉に自分の席へと座り、なつ先生へと目線を向けた。


(今時の子供はしっかりしてるじゃないか)


 俺の時代の子供は先生の言うことなどそっちのけで遊びに夢中になっていたものだが、今は教育が行き届いているようだ。同じ3歳でも時代で大きく変化していることに俺は素直に感心した。


「颯太くん、みんなにご挨拶とかできるかな?」


「はい」


 なつ先生に言われ、俺はゆっくりとみんなを見渡してから口を開く。


「斎藤 颯太です。分からないことがたくさんあるので、これから教えてもらえるとうれしいです。よろしくお願いします」


 はじめの印象が肝心だ。俺は笑顔で挨拶をした。だが、みんなはなんだか目を丸くして俺を見つめている。


「颯太くん。好きな食べ物とか好きな遊びとかあればみんなに教えてあげようか」


(しまった。大人向けの挨拶をしてしまった)


 俺は改めて笑顔を作り、今度は子供らしく振る舞う。


「好きな食べ物はママの作ったホットケーキとスパゲッティ。あと車が大好きです(たぶん)……あとは、鬼ごっことかかくれんぼをするのが好きです!!」


 そこで漸く子供たちに反応が出始めた。


「みんな、颯太くんと仲良くしてね」


「はーい!!!!」


 なつ先生の声に子供たちは元気な声で返事をする。


(子供らしく生活するのも疲れそうだ)


 俺は小さな第一歩を踏み出したのだった。

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