4話 フラッシュバック

 俺はまたテレビの前に座る。膝に肘を乗せ、頬杖をつきながらテレビを眺めた。今度は子供向けのアニメが始まったが、内容など頭に入ってこない。


(……本物の俺の身体は一体どうなったんだ)


 ぼんやりと考えていると、頭の中で雷鳴が轟いた。大袈裟な表現だったが、それぐらいの衝撃に感じるほどのひらめきが俺に降ってきた。


(これは名案だ)


 この世の中の便利さを不便だと思うことはあったが、利用価値がないとは思っていない。今はなんでもネットだ。スマホ一台あれば何もかも出来る世の中。どんな情報も得られる。

 早速お目当てのスマホ探しに取り掛かる。

 子供部屋、リビング、ダイニングテーブルの上、目につく範囲を探し回った。しかし、見当たらない。

 恵美が使っているであろう大きなバックの中を覗いてはみたが、おむつや母子手帳、子供に必要なものしか入っていない。


「何か探してるの?」


 俺が落ち着きない動きをしていたせいで恵美の声が掛かってしまった。


「なんでもない」


「もういたずらはダメだよ?」


 と言いながら、恵美は別の方へ目線を向ける。そこには探し求めていたスマホがあった。


「スマホ!!」


 咄嗟に指をさして叫んでしまう。


「スマホはだーめ! それに今はお料理に必要なの。別のことして遊んでてね」


 どうやらスマホで料理のレシピを見ているようで、手離すことはなさそうだ。


(全く……母さんならレシピなんかなくたって作っていたのに。今時の子供はそんなことすらネットに頼っているのか)


 不意に自分の妻の姿が恵美と重なって見える。


直子なおこの作った鯖の味噌煮が食いたいな)


 スマホさえ手に入れば、実家に電話して妻の声を聞くこともできた。


「ママ! おばあちゃんに電話したい!!」


 スマホを手にしたい一心でそう叫んでいた。


「今日は本当にどうしたの? 珍しいことばかり言うんだね」


 恵美は困った顔でスマホを眺める。


「けど、もうすぐパパも帰ってくるから料理もしなきゃいけないし、お風呂の準備もあるし……どうしようかな」


「おねがい!!」


 懸命に子供らしく振る舞いながら懇願したのだが、恵美はスマホを差し出すことはなかった。


「ごめんね、今は無理なんだ。ママ忙しいし」


 俺はがっくりと肩を落とす。

 確かに一家の主人が帰ってくるのだから、恵美に無理を言うのは申し訳ない。しかし、どうにかして情報は得たかった。


「なら、颯太……そんなにおばあちゃんに会いたいんなら明日遊びに行く?」


 希望の光が突如舞い降りた。


「いいのかっ!?」


 つい口癖が俺になってしまう。


「あ、いいの?」


 慌てて言い直した。


「颯太が行きたいならいいよ。だから今日は我慢してね」


「うん!!」


 俺は力強く頷く。情報が今すぐ手に入らないのは残念だが仕方がない。


(明日なら直ぐだ。それぐらいなら待ってやるさ)


 声ではなく、妻本人に会えるのなら尚良い。


(俺の身体は家にあるんだろうか?)


 そんな疑問も過ったが、自分の家に帰れることに胸が踊り、余計な不安は消えていった。

 またテレビに目を向けると、子供向け番組が終わったのかニュースが始まる。


(おお、ニュースだ)


 恵美は料理の仕上げでこちらに目線を配る様子はなかった。今ならゆっくり自分の見たいものが見れる。

 ニュースは天気予報から始まり、すぐに今日あった事故や事件の情報に切り替わった。


「昨夜、夜道を歩いていた男性が道路を横断する際に走ってきた乗用車に跳ねられ重体です」


 男性のアナウンサーが深刻そうな口調で告げる。それを聞いた瞬間、俺の脳裏にある光景が映し出された。

 夜道を歩く俺。そこに眩い光が差す。眩しさに俺は顔を腕で覆い、精一杯の声で叫んだ。

 そこで映像は途切れ、記憶は黒い世界に変わる。


(……なんだ、今のは)


 全身から力が抜け、寒くないのに背筋がゾクッと冷えた。


(まてまて……今のはフラッシュバックというやつか? なら俺は車に轢かれたのか?)


 だとすると大変な事態に俺は立たされているのではないだろうかと頭を抱える。


(もしかして事故に遭って幽体離脱して子供の身体に入っている? いや、それだと4年経過している意味が分からない。そうなると残るは……)


 ーー斎藤 浩之はもうこの世にはいない。


 愕然とした顔で恵美に目を向けた。


(俺はお前の結婚式にも出れず、妻に最後の別れも言えず死んだのか?)


 しばらくの間、思考が停止していたようだ。恵美の声で我に返る。


「颯太! どうしたの?」


 料理を作り終えた恵美が俺の顔をまじまじと見つめていた。

 さっきは自分が死んでしまったかもしれないと絶望感に浸っていたが、状況はそこまで悪くはない。


(身体はなくなっても俺はここにいるじゃないか!!)


 見た目は確かに恵美の息子だが、俺は身体なかで存在している。


「生きてる」


 俺は自分の手のひらを見つめた。

 幽霊ではないのだから話は出来るし、触りたいものに触ることが出来る。なら、死んでいないのと一緒だ。


「生きてる!!」


「どうしたの、颯太?」


 恵美が不安そうに目を揺らす。


「ぼく、なんでもできる!!」


「そ、そうだね。颯太はこれからたくさんの事ができるようになるよ」


 子供の突発的な発言と解釈したのか、恵美の顔に笑顔が戻る。


「具合が悪いわけじゃないなら良かった。ママお風呂掃除してくるから大人しく遊んでてね」


「わかった!」


 元気な返事をすると、恵美は何も気にする素振りもなくお風呂場へと向かっていった。

 俺は単純に生きてまた妻に会って話せる嬉しさに有頂天だった。しかし、その浮かれ気分も長くは続かない。


(まてよ、けど俺が夫だとは直子には分からないだろうからな。簡単には言えない……そもそも、どうして恵美の息子の身体に入る羽目になったんだ?)


 俺個人としては好都合だが、この現象の正体と意味に今度は悩まされた。


(やはり、何かで調べなきゃならないな……パソコンでもあればいいんだが)


 実はスマホは苦手で、ずっとガラケーしか使っていなかった。調べものをするなら会社でも使っていたパソコンの方が慣れている。


(身体が子供じゃなければな……この姿じゃひとりで出歩くことも出来ない)


 今度は子供の身体の不都合さに、若干憂鬱を感じた。

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