第14話 知らないエピソード

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 朗報と悲報です。

 推しのルイーザがいる世界に異世界転生しちゃった。(朗報)

 ルイーザの双子の兄・ノアになっちゃったからルイーザと恋愛が出来ない。(悲報)


「神様っ、いらっしゃいましたらキャラのチェンジを要求します! どうか、キャラを選び直すチャンスをくださいィっ!」


 推しは推しだけど、今までは二次元だったんだもの。

 三次元になったら状況が変わってくる。

 仲良くなりたい。

 側にいたい。

 恋人になりたい。

 幸せにしたい。

 その他色々。

 そう思ったって仕方ないじゃないか。


「うぅっ、ガチで泣けて来た……」


 いるかどうか分からないけど、神様酷すぎやしませんか?

 熱を出した時も涙が出たけど、今は悲しくて泣けて来た。


(やばい。早く泣き止まないと……)


 泣き顔を見られたくないから泣き止む努力をしていると、タイミングを狙ったかのようにコンコンと部屋のドアがノックされる。


「ノアー、大丈夫ー?」

「!」


 サラかセバスチャンかと思ったのに、ドアを開けて部屋を覗き込んで来たのはルイスだった。


「あ……」

「ノア!」


 泣いてるおれと目が合ったルイスがおれに駆け寄って来る。

 数秒顔を隠すのが遅れてしまった。


「大丈夫? まだ頭が痛いの? グッドマン先生呼ぶ?」

「大丈夫」

「じゃあどうして泣いてるの……?」


 心配そうにおれを見ているルイス。

 ルイスが泣きそうになっているのは何故なのか。


「わかんない」

「わかんないって……」


 ルイーザのことを考えてたなんて言えるわけがない。

 今、目の前にいるルイスは自分がルイーザになることを知らないはずだから。


「えーと……えーと……あっ!」

「?」


 おれに手を伸ばして来るルイス。

 どうしたんだろうか?


「痛いの痛いの飛んでけー!」

「!」


 ルイスがおれの頭を撫でてきた。

 いきなりのことでおれは一瞬固まってしまった。


「……なにしてんの?」

「え? 痛いところは撫でたら治るんだよ。グッドマン先生が言ってた」


 グッドマン先生。

 子どもになに適当なことを教えてるんだ。

 いや、子ども騙しみたいなもんだから間違ってはないのか?


「ノアも撫でてくれたでしょ?」

「は? いつ?」


 おい、一体誰が何処を撫でたって?


「ぼくが頬っぺたぶつけたら撫でてくれたじゃん」


 どうやって頬っぺたってぶつけるんだ?

 転んだか壁にぶつかったのか?

 ノア、お前もグッドマン先生から教わったことを実践してたのか。

 え、なにそのエピソード……?

 ゲームではなかったぞ?


「なぁ。その時のおれ、怒ってた?」

「うん? ノア、『なにしてんだよ、バカ!』って怒ってた。ぼくの頬っぺた撫でてくれたよ?」

「おぉ……」


 ノア、ちゃんとお兄ちゃんやってたんだな。

 ふと、池に落ちる前のノアが知りたくなった。


「………」

「ノア?」

「なぁ、ルイス。ノアのこと好きか?」

「へ?」

「っ」


 ノアのことを聞こうとして、つい馬鹿な質問をしてしまった。

 好きかなんて聞いてどうする。


「いや、何でもな……」

「大好き!」

「え?」


 訂正しようとしたら、ルイスは即答した。


「ノアね、いっつも怒ってるけど、ぼくと遊んでくれるの! おいかけっこするよ。ぼく、足遅いの。ノア、待ってるの」

「そうなの?」

「うん! ぼく、本読むの好き。マテオ兄さま、遊んでくれないんだ」

「うん?」


 嬉しそうに話してるのは良いけど、話が繋がってない。

 なんで、マテオが話に出て来たんだ?


「この家はマテオ兄さまが一番大事なの。みんな、マテオ兄さまと一緒にいるの。ノアは“スペア”。ぼくは“オマケ”なんだって」

「っ」


 爵位を継承するのは基本的に長男だ。

 何人子どもがいても、長男以外は爵位を継承出来ない。

 次男は“スペア”として線引きしつつも長男と同じように育てられる。

 長男と次男以外は家の利益のために利用される。

 このファフェイス侯爵家でも同じようだ。

 今までは長女が継承して来たけど、今は長男のマテオがいる。


(おれ、まだマテオにも会ってないんだよな。ノアは次男なのにマテオと一緒にいないみたいだ。ノアが池に落ちて体調崩しても様子を見にも来ない。マテオだけじゃなくて、父親も母親も来てない。ノアが“スペア”だからか?)


 そのことに対して、“おれ”は寂しいや悲しいとかは思わない。

 ただ、親が恋しい時期の幼児に対して冷た過ぎると思ってしまう。

 池に落ちて体調を崩したのがマテオだったら、また違う対応になるんだろうな。

 それが貴族というものなんだろう。

 それよりも、


「……ルイスは“オマケ”じゃねぇよ」


 一体誰がルイスに言ったんだよ、そんなこと……。


「えへへっ」

「?」


 ルイスを見ると、笑っていた。


「ノアもね、怒ってたよ。『ルイスは“オマケ”じゃない!』って泣いちゃった」

「え……」


 ノアがルイスのことで泣いた?



『……あれでも昔は仲良かったんですよ』



 ゲームの中でノアについて語り、悲しげに微笑むルイーザを思い出す。


(ノアとルイスって本当に仲良かったのか……)


 おれは今、それを実感してしまった。


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