ギャルゲ主人公、乙女ゲーヒロインに恋をする。
犬養弱し
プロローグ
「はぁ…疲れた…。」
自動車が忙しなく行き交う都会の道路。その隣の歩道をくたびれた様子で歩く1人の男。珍しく定時で上がれたにも関わらず、足取りは重い。
(あンのクソ課長…。禿げ散らかして糖尿病になってしまえ…。)
心の中で上司への呪詛を吐きながら信号を待つ。この時間にしては人が少なく、横断歩道を渡るのは彼とその向かいに立つ女子高生だけであるようだ。
信号の電子音が鳴ると同時に青になり、渡ろうとする。
彼は左から向かってくる1台のトラックに気付いた。止まる素振りを見せず、女子高生の方に直進している。彼女は気付いていないようだ。
(まずい!)
思わず彼女に駆け寄り、突き飛ばそうと手を伸ばし――
「私ッ!アンタのこと好きなの!」
帰り際に校門でそう叫んだのは
瑞季は幼馴染みポジションのツンデレキャラという設定であり、今もツンデレらしく勢いに任せた告白をぶちかましていた。明るい茶髪のツインテールをさらりと揺らし、緑の瞳を潤ませ頬を紅潮させている。ゲームキャラとして人気だった彼女は現実でも男子から人気だ。現に周囲の男子生徒からは恨めしげな目を向けられている。
瑞季とは小学校からの付き合いだ。家が近所なこともあってよく一緒に遊ばされた。おやつやおもちゃを取られ、逆らえば体のあちこちを引っ叩かれた上に、
「男なんだからこれくらい我慢して!」
と言われた時は流石に泣くかと思った。何ならちょっと泣いた。
成長した今は物を取られることは無くなったが、暴力癖は健在である。さっきも急に腕を掴まれ、あれよあれよと校門まで引きずられ、現在に至る。
「ちょっと!返事は!?」
「あーはい、返事ね?」
―そう、これは俺と彼女の―
「ごめん。俺彼女いるから。」
―ではなく、俺と
瑞季からの告白をまるでティッシュ配りを断るかのような軽さで断り、帰ろうとする。が、瑞季が前に立ち塞がり、それも叶わない。
「俺帰りたいんだけど」
「付き合うって言うまで退かない!!」
おいおい。勘弁してくれよ。
俺は
え?お前は暇なのか、だって?悪かったな、他に趣味の無い20代後半冴えないサラリーマン(童貞)で。
まあトラックに轢かれそうなJKを助けようとして俺がトラ転したわけなのだけれども。冴えない死に方ではなかったと思う。
俺が前世の記憶を取り戻したのは中学1年の頃。自室でスマホをいじっていた俺が広告に出てきたギャルゲーになんとなく既視感を覚えた瞬間、ぶっ倒れた。頭に前世の記憶が流れ込んできて、夢を見ているようだった。実際夢だったかもしれんが。目が覚めると少しの間混乱していたが、次第に記憶が定着した。精通もしていた。あなや、そういえばR18版もプレイしていたのだった。いとをかし。
記憶を取り戻した後はもうテンション爆上がりだった。鏡を見ればそこにはイケメン。『はな♡きすっ!』では主人公のビジュアルは映し出されなかったが、なるほど、美少女達が揃いも揃ってお熱なわけである。白銀の髪に赤い瞳、色合いの縁起の良さに劣らない顔の良さ。これは人生勝ち組ですわwハーレムウハウハwと暫く鏡にニチャァと笑いかける不審者を演じた。
そう、『はな♡きすっ!』にはハーレムエンドが存在する。
ヒロインを3人以上攻略すると解放されるハーレムルートだが、結構難易度が高い。各ヒロインの好感度を同じように上げなければならないからだ。好感度が1人に偏るとそのヒロインのルートに入ってしまう。調節が割と難しいが、その分ハーレムエンドを迎えられたときの達成感が強い。
前世では恋愛経験ゼロだった分、この人生ではぜひともハーレムを作りたい。美少女侍らせて青春送りたい。あわよくばあんなことやこんなことも…。そう思った俺は決心した。
―絶対、ハーレムエンドを迎えてやるぞおおおお!―
そう思っていた時期が、俺にもありました。
『…ふーん。告白されたんだぁ。幼馴染みさんに。』
不機嫌そうな声を上げる通話相手は
「ちゃんと断ったから安心しろ。」と言ったが、
『当たり前でしょうが。』と冷ややかに返される。今日はスパイス部分が強いらしい。
あの後、騒ぎ立てる瑞季を何とか躱して帰宅した俺は、寝る前に莉愛と電話していた。こういうのは下手に隠すとかえって浮気を疑われたりするので、正直に話した方が良いのだ。
高校2年、ハーレムを目指していたはずの俺には彼女がいる。そして―
『そういえば私も今日、幼馴染みに告白されたんだよね。』
「なぬっ!?」
―そして彼女もまた、乙女ゲームのヒロインである―。
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