「社畜異世界転生ラノベで限界社畜の心を救え」となろう作家と共に異世界へ送り出されたプロ社畜、いやぁおじさんもういい年した社会人だから竜騎士とか英雄の野生児とかちょっと(書籍化決定)
修羅院平太
第一畜 社畜に神はいない
「はたらけ……。はたらけ……。私の声が聞こえますか……」
「……人が残業終えてようやく寝たところに一体何ですか。明日も早出なんですけど?」
「いや、あなたの名を呼んでいただけです、波多良慶。――社畜にふさわしきよい名です」
「唯一休める夢の中にまで出てきて社畜に喧嘩を売るのは誰ですか? 鬼畜ですか?」
「わたしは鬼畜ではなく神です。――あなたは選ばれました。神の子よ」
「ええと……次の休日出勤班にですか?」
「あなたにとって会社や上司が神のごとき存在である事はよくわかりました。いったん、社畜的理解から離れて下さい。夢の中でくらい会社から離れて下さい。わたしは本当に神です。きょうはあなたに、とてもよいお話を持ってきました」
「はー。どういった案件なんですかね? これ以上抱えるのは弊社としてもちょっと……」
「だから仕事モードから離れてください。――夢も希望もなき、現代社会を戦う社畜達。その平均モデルとして、神の子よ。あなたは選ばれました」
「ZZZ……」
「仕事の話じゃないとわかった瞬間に寝始めるのはやめて下さい。ちゃんと聞いて下さい。一体どれだけ訓練された社畜なんですかあなたは」
「いや別に普通ですよ。社畜の平均モデルに選ばれたって言ったのアナタでしょ」
「そうでした……。末世を生きる平均的な子よ。明日からはもう、出社しなくていいです」
「整理解雇⁉ リストラ⁉ 何故ですかあぁ長年会社に尽くしてきたでしょ社長おぁ⁉」
「神です。あとそういう意味ではありません。――あなたには異世界転生してもらいます」
「あー……トラックで轢かれるアレですか。社畜を、殺す――つまり屠畜ですか……」
「神の子よ。いいかげん自身が畜生の一種であるという認識から離れて下さい」
「畜生……」
「わたしの言葉を繰り返すふりをして神を罵倒するのもやめて下さい」
「異世界転生……つまり、左遷ですか……。会社の為に自分を犠牲にしてきたのに……」
「なぜ残念そうなんですか。皆大喜びする所ですよ。もう会社行かなくていいんですよ?」
「その、会社に行く為に。これまでずっと――会社に行き続けてきたんですよ‼」
「突き抜けた社畜ですね。社畜性が信仰というか、もはや狂信の域にまで達してませんか。わたし神ですけどここまでの信者は持ったことないですね。これで本当に社畜の平均像なんですかね? まあいいです。とにかくあなたには、異世界転生の――モデルケースを務めてもらいます」
「……モデルケース?」
「はい。今の世は閉塞感著しく、人々が未来に希望を持てない状態です。だからこそ、現代小説じゃなくてうすっぺらい時代小説や異世界転生ものがよく売れるという、書店の末世でもあるのです」
「それは神様の個人的感想じゃあないんですか」
「話がそれました。ともあれ、平均的な現代人のあなたは異世界に転生して、皆が羨望を抱くような輝かしい人生を送って頂きます。燦然たる異世界転生の成功例、モデルケースとなって頂きますので。どうぞ思う存分――幸せになって下さい」
「じゃあ――異世界転生をやめて下さい」
「即答やめて下さい。社畜生活が最上の幸福であると盲信するのも本当にやめて下さい。神の子よ。あなたが知らないだけで、世の中にはもっと色々な幸せがあるのですよ?」
「幸せ。じゃあ、例えば?」
「財に不自由せぬ生活。美女に囲まれた生活。山海の珍味を味わい、ただ眠る生活――」
「――なるほど。どれも、会社にはないものですね」
「ええ、そうでしょう?」
「――じゃあ、会社に戻りますね」
「待ちなさい。本当に待ちなさい。幸せな生活より社畜生活の方がいいのですかあなたは」
「だからといって、幸せは一方的に押し付けられるものでもないと思うんですが……」
「まったく頑固というか面倒くさいというか……本当にどうしてあなたはそう、自ら……
ああ。なるほど。だからあなたが――社畜の平均像に選ばれたのですね。
現代の社畜達はもう、自ら幸せに背を向けてしまう。そうせねば現実に耐えられぬから。そして、その自覚すら失っているのですね。かわいそうな自分に気づきたくないから」
「……いや、単にもう冒険する齢じゃないってだけですが。知らない所行くの疲れるし」
「その視野の狭さが自ら幸せを遠ざけているのだと、いいかげん自覚なさい。
とにかくこれは決定です。――あなたは。異世界で。幸せに。なる。――いいですね?」
「さっき神様自身が口にしてましたけど。うすっぺらい幸せを、押し付けられても……」
「あなたのようにめんどくさい、どうしても幸せになれない人ですら幸せになるような。そんな濃厚で素晴らしい人生を、絶対に、絶対に送ってもらいますからね?」
「あー。もうシナリオは固まってるんですか。なら、役者とか俳優にやらせた方が……」
「いえ。シナリオなどはありません。無理やり、幸福にする強制力がはたらくぐらいです」
「強制力って何ですか⁉ それだと幸福が義務みたいに聞こえてくるんですが」
「当然、義務であり既定事項です。自分から幸せになれない、とてもめんどくさいあなたのとても幸福な一生は。次世代型異世界転生のモデルコースとして提示されるとともに。書籍化して出版され、読者たる多くの社畜達の救いとなるのです」
「書籍化決定してるんですか……。神なら本じゃなく異世界転生で人救えばいいのに……」
「うすっぺらい幸せを食卓に供されただけじゃもう満足できない、めんどくさい客が増えてきているのです。社畜が資本主義社会の奴隷であることをいっとき忘れ、癒され、そしてまた奴隷を続けてゆく元気を取り戻すためには。誰にでも効く清涼剤のごとき万能薬が、誰でも手が届く金額で、誰でも入れる書店という薬棚にこそ、置いてあるべきなのです」
「なんか、奴隷を酷使する側の理屈に聞こえるんですが……」
「そして。あなたには、あなたのこれから紡ぐ物語の一番初めの読者になってもらいます」
「?……ゴーストライターから献本が送られてくるってことですか?」
「ちがいます。現実世界のあなたは、いつも通り夜眠りについたまま、翌朝普通に目覚めます。その一夜という短い間に、人ひとり分の一生という長い長い体験をして頂きます。
邯鄲の夢、という昔話を聞いたことがありますね? 鍋が煮えるまでの僅かな時間、
うたたねの内に見た仮初の一生。目が覚めれば元通り、いつものあなたに戻るでしょう」
「あー……異世界での一生を終えた後に、ですか。午後出張直帰くらいに思えばまあ……」
「そうです。ですが、転生経験前のあなたと経験後のあなたは、はたして同一でしょうか?
わたしはこう思います。――異世界での幸福な一生を経たあなたは、これまでとは違う。この現世にもうつむかず希望を抱き生きてゆく――そんなあなたに変わっているのだ、と」
「すでに転生終了後の生き方まで決められてる……もはや神というか、悪魔の所業では?」
「そうして、異世界での記憶を胸に生きていくあなたを先頭に。あなたの異世界経験を記した書籍は、同じ境遇にある社畜達の心を照らし――けして消えぬ希望の灯となるのです」
「社会の歯車としての役割まで決め打ちされてる……いやまあ社畜だから慣れてるけど」
「さあ。迷える子羊の群れより飛び出し、その輝く背でみなを希望の沃野へ導くのです!」
「あのう……別に自分、異世界転生しなくても普通に生きてけるし……必要ないんですが。
それに。そもそもこういうの……希望者を優先してあげた方がいいんじゃないですか?」
「神の子よ。いえ、迷える子羊よ。――ひとつ、いいことを教えましょう」
「何ですか」
「――『遭難者のおよそ八割は、自身が遭難しているという自覚がない』」
「……。ちなみに、残りの二割は?」
「すでに遭難死しています。――さあ、神の子よ、もういい加減、あきらめておとなしくさっさと旅立ちなさい! こんな序盤も序盤、設定説明神問答に原稿用紙十枚もかけるものではありません! 読者が飽きます!」
「……あ。もうこの時点で、書籍化前提の配慮と、モデルケースとしての振る舞いを要求されるんですね……、っ⁉ そんな、馬鹿なっ⁉ 俺の社畜としての本質がっ⁉」
俺の心の中の会社はあっけなく崩壊し、そして意識は労基署めいた死神に刈り取られた。
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