第20話 丁寧に書こう

 俺のは、拓海さんに匹敵する大きさだと舞子さんが教えてくれた。めでたい事なので、彼女がお祝いをしてくれる流れになる…。



 「ケーキは後で買うとして、他はどうしようかしら?」

考え込む舞子さん。


「ケーキ買ってくれるんですか?」


「もちろん。ケーキはお祝いの定番でしょ?」


土曜日に食べたばっかりだが、それでも嬉しい。(1話参照)


「正志君、ハンバーグは好きかしら?」


「? はい。もちろん好きですが…」

何でそんな事訊くんだろう?


「昨日のカレーにハンバーグを乗せた“ハンバーグカレー”はどう? 正志君の好きな2つが一緒になってるから、きっと満足してもらえると思うわ」


最強の組み合わせじゃないか! 断る理由はありはしない!


「良いですね~。ぜひお願いします」


「わかったわ。食べたいケーキはこの間と同じで良い?」


「あたしは悩んでる」


舞はビターチョコケーキ以外にする気か?


「舞が悩んでるなら、俺も変えようかな…?」

そう言いつつ、候補は何もないが。


「焦らなくて良いから、ゆっくり決めてちょうだい」



 「…そうだ、お母さん。宿題を手伝って欲しいんだけど良い?」


さっきの話が一段落した時、舞が切り出した。


「宿題? どんな内容なの?」


「現代文で『保護者などの家族が体験した、日常のちょっとした面白い出来事をまとめろ』というのを出されたのよ。何かない?」


「面白いかはわからないけど、この間あったわね」


「どんな事だったんですか?」


「私、こまめに買いたい物を手書きでメモするの。でも自分だけ見るから、殴り書きが多くてね…」


それって普通だよな? 少なくとも、俺はおかしいと思わない。


「メモに『クソップ』と書いてあった時は焦ったわ。何を買いたいと思ったんだろう? ってね」


「クソップ? 舞わかるか?」


「う~ん…」


「結局、それは無視してわかる物だけ買ったんだけど、後日アレが足りなくなったから正体がわかったの」


クソップの正体は何なんだ? 俺と舞は次の言葉を待つ。


「私が欲しかったのは“クリップ”だったのよ」


「クリップ…ですか?」


「そう。『リ』の左側が少し斜めになっててね。『ソ』と見間違えたの」


あり得ない話じゃないかも…?


「これをきっかけに、『リ』と『ソ』はしっかり書かないといけないと思ったわ。…こんな感じで良いかしら?」


「良いんじゃない? 『日常のちょっとした面白い出来事』だし。正志もそう思わない?」


「そうだな。その話は舞に譲るから、舞子さんもう1つ面白い話をお願いします」


「……今は思い付かないわ」


「クソップは正志に譲るわよ。あたし別の話が良い」


「いやいや、舞子さんの話なんだから舞が最初に書くべきだろう。次の話はないかもしれないんだぞ?」


「もし先生が読み上げたらどうするの? クラスが微妙な空気になるじゃん!」


「それだったら俺も同じだろ?」


「男子と女子では事情が違うのよ! 『クソ』がつくんだから、いかにも男子が喜びそうな話よね?」


「小学生じゃないんだから…」

う〇こで盛り上がるようなもんだろ。


「2人は本当に仲良いわね~」


舞子さんは俺と舞を温かい目で見守るのだった。



 結局、クソップの話は保留になった。宿題の提出期限はまだ先だから、もっと良い話を聴けることに期待しよう。


「舞。食べたいケーキは考えてくれたかしら?」


さっき舞子さんが訊いてから、それなりに時間が経っている。いい加減決めたと思うが…。


「あたしが食べたいケーキは…、ね」


「はっ?」


何でここで人任せになるんだよ? ちゃんと確認しないとな。

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