第8話 母さんの異変
舞に本番について訊いた日の夕食時。家族3人で食べている最中に父さんが言う。
「明日から4泊5日の出張になった。後の事はよろしくな、清美・正志」
今日は月曜だから、火・水・木・金と泊まって土曜に帰ってくる訳か。父さんは出張が多くて大変だな~。
「わかったわ」
「はいは~い」
夜寝る前にふと思った。舞の話によると、舞子さんと拓海さんは今でも本番をしてるようだ。それに対して両親は全然しないのは何で? 違いを考えてみるか。
…もしかして、父さんが出張ばかりで家にいないから? その結果、母さんはその気持ちを押し殺すのに慣れちゃったんだ。きっと父さんも似たような感じだろう。
間違いなくこれで決まりだ! もし俺が舞と結婚したら、そんな思いはさせないようにしよう。
翌日。昨日同様、舞と一緒に登校する。父さんは俺が起きる前に家を出たようだ。
「舞。昨日は舞子さん達本番してたか?」
「知らないわよ! 別に監視してる訳じゃないんだから!」
「そうか…」
「昨日あたし言ったわよね? “本番に変な期待をしないこと”って」
「期待じゃない! 舞子さん達と違って、父さんと母さんは全然本番をしないんだ。その理由を寝る前にずっと考えてたんだが…」
「それが普通だと思うわよ。お母さん達がおかしいだけ!」
「そうなのかな…?」
別の人の意見を聴けたら、どっちが正しいかがわかるのに。
時は流れ放課後になった。家が隣同士だから、舞と一緒に登下校する事が多い。一部の男子が羨ましがるが、こればっかりは譲る気はない。
他愛ないおしゃべりをしながら歩いている内に、俺達の家の前あたりまで来た。もうそろそろこの時間も終わりか。
…あれ? 舞子さんが俺の家の前にいる? どうしたんだ?
「…正志君、大変なことになったわ!」
俺達を見つけてから駆け足で来る舞子さん。
ひどく慌てた様子だ。こんな舞子さんは見た事がない。
「どうしたんですか?」
「清美さんが…、救急車で運ばれたの!」
「えっ! マジですか?」
「マジよ。詳しくはウチで話すから付いて来て」
「わかりました…」
母さん、何があったんだ?
舞の家にお邪魔した俺は、リビングのテーブルの椅子に座る。舞は隣で、舞子さんと向かい合う形だ。
「舞子さん、なにがあったか詳しく教えて下さい」
「わかったわ。私も気が動転してるから自信ないけどね…」
「それでも構いませんよ」
「清美さんからの〇インによると、買い物が終わって家に帰ってから咳がすごく出るようになったらしいわ」
「咳…?」
今日の朝は普通だったぞ。原因は買い物だろうな。
「そう。急な体調の変化に違和感を抱いた清美さんは救急車を呼んだの」
「その後は…?」
「症状が気になった救急隊員の人が簡易検査をしたら、“新型ポロナ”の陽性反応が出たって」
「あのテレビでやってるやつですか? この辺は関係ないと思ってたのに…」
「最近は全国各地で増えてるからね。清美さんは運が悪かったみたい」
「なるほど…」
「幸い症状はひどい咳だけだから、〇インする事はできるみたい。でも、ポロナに罹った人は完治するまで隔離しないといけないの」
「隔離!?」
ってことは、何日家に帰ってこないんだよ?
「正志君。お父さんは普段何時ぐらいに帰ってくる?」
「それが…、今日から4泊5日の出張に行ったんですよ。帰りは土曜日ですね」
「という事は、正志1人になるじゃん」
舞の言う通りだ。父さんに加えて母さんもいないなんて…。俺はどうすれば?
「正志君。清美さんが治るまで、ウチに泊まって良いわよ」
「そうしてもらえたら嬉しいです。俺何もできないので…」
「なら決まりね。これからは舞の部屋で過ごしてちょうだい」
「え? 舞の部屋?」
「だって他に部屋がないもの。2人は付き合ってるし問題ないわよね?」
「問題大アリよ! あたしはどうやって着替えれば良いの?」
「正志君の目の前で、堂々と着替えれば良いんじゃない?」
「できるか!」
「舞。正志君が大変なのはわかるでしょ? 困ったらお互い様なのよ」
「それはわかるけど…」
「俺、必死に我慢して見ないようにするから。な?」
何とか舞の機嫌を取らないと。
「とか言って、携帯の画面の反射とかで見るんじゃないの?」
「そ…そんな事はない…ぞ」
「バレバレよ! …お母さんの言った通り、困った時はお互い様よね」
「それじゃあ…」
「あたしの部屋で過ごして良いわよ。た・だ・し、変な事したらお母さんの部屋で過ごしてもらうからね。わかった?」
「はい…」
「私の部屋で過ごしてもらうのも良いかも♪」
舞子さんは嬉しそうに独り言を言うのだった。
こうして、母さんが治るまで舞の家に居候する事になった俺。この家で頑張るから、母さんも頑張ってくれよ!
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