幸せの雫

うっちー

幸せの雫

 この世は無慈悲だ。そう知ったのは十五歳の初陣の時だった。幸せだった日々は戦によって一瞬にして消え去った。

『幸信……お前は……幸せになれ……』

 優しくて強かった兄はそう言い残し、俺を庇って死んだ。両親のいなかった俺たちは二人でずっと幸せに暮らしていた。たった一人の兄を失った俺は、兄に言われた『幸せ』を探す旅に出た————————————。


「雫がごめんなさいね……」

 『耀馥』と呼ばれる町で雫と言う少女が男と揉めているところを助けたことで、そのまま彼女に連れて来させられた旅館で館長のお婆さんにそう言われた。

「あの子はいつもおかしなことに首を突っ込んじまう……その度に助けてもらった人をここに呼んでは恩返しをしているんです」

 館長から彼女・雫がなぜ俺に恩返しをするのかを教えてくれた。

「恩人様。お部屋をご用意いたしました」

 館長と話をしていると雫がお辞儀をして立っていた。

「恩人って……蒲生幸信。そう言ってくれ」

「え……あ、わかりました。蒲生様」


「幸信様の旅の目的は何なんですか?」

 雫の旅館に泊まって一週間が経った頃、俺の部屋を掃除していた雫が尋ねてきた。

「亡き兄の最後に言い残した『幸せになれ』の言葉の意味を探しに……」

「『幸せになれ』ですか…………」

 俺の旅の目的を知った雫は手を顎に乗せて首を少し傾けた。

「『幸せ』っていうのは人それぞれだと思いますけど、『幸せ』っていうのは『夢』なんじゃないのかなって思います。それに、その『夢』は意外と近くにあったりするものだと思います。」

 そう言って雫は笑顔で俺の方をを向いた。

「雫の『夢』はなんだ?」

 雫の言葉をきっかけに俺は聞き返した。

「私の『夢』ですか……」

 雫は少し考えたのちにこう言った。

「『家族を作りたい』……ですかね」

「『家族を作りたい』か……」

 雫は幼い頃に住んでいた村が侍によって焼かれ、そこで両親を失っていた。それを館長から聞いていた俺は、雫の『夢』に少しながら納得していた。

「雫……お主の『夢』の手伝いをしてやろうか」

 なぜかこの時、そんなことを言っていた。

「え……それって……」

 俺の突然の言葉に雫は頬を少し赤くした。が、すぐに俺の方を向いて言った。

「はい……お願いします……」

 雫は笑顔でそう答えた。雫の笑顔を見た途端、俺が今まで旅をしていた理由がわかった気がした。俺は『家族』が欲しかったんだと。


「幸信様がここに来られてから今日で5年が経ちますね……」

「ああ……そうだな」

「幸信様……幸せですか?」

「…………そうだな……幸せだ」

 俺と雫は結婚し、家族を作った。俺は自分の『幸せ』と同時に雫の『幸せ』も叶えることができた。俺の旅は無駄じゃなかった。俺は兄の分まで精一杯幸せに生きようと思う。

「雫……今……幸せか?」

「今じゃなくて……ずっと幸せですよ……」

 そう言った雫の横顔がなんとも可愛らしかった。

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幸せの雫 うっちー @sho_hama

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