第49話 沈む心
灰本の笑顔が見られるなんて、予想外すぎて不覚にも浮つきそうになっていたが、その効果は一瞬で消えていた。
青のスマホから流れ込んできた情報がどんどん、飛び込んでくる動画は、翼を痛めつけている姿や、目を背けたくなるようなものばかり。数々のいじめの痕跡が、これでもかというほど残されていた。
その映像は、ショッキングなものばかりではあったが、それ以上に青たちのグループラインに名を連ねていた人物への衝撃の方が大きかった。
「これ……嘘ですよね……?」
載っている名前。発言。信じたくなかった。
「嘘だと思いたいが、これが真実なんだろう。本当の黒幕はこいつだった」
「……翼君は……? このこと、知ってたいたの?」
私の呟きに灰本は、首を横にふる。
「知っていたら、俺が翼へ会いに行ったとき、自ら名前を出してきたはずだ」
「そんな……」
絶句するしかなかった。ただでさえ、辛い目にあわされてきたというのに、更に崖へと突き落とすようなものじゃないか。この真実をどう受け止めればいいのか、私でもわからないのに、本人が知ったらどれだけ、落胆するのだろう。
「……こいつも、一緒に晒すんですか?」
無表情を作っている横顔へ尋ねる。灰本は、淡々と言った。
「表の顔と裏の顔。一番うまく使い分けていたんだ。晒さない理由がない。翼は、当然ショックを受けるだろうが、知らなければいけない真実だ」
灰本の瞳は揺れない。
それからは、重苦しい空気の中、二人で手分けして淡々と情報を精査していた。
晒すという行為は、諸刃の剣だ。
うまくやらないと被害者にも、刃が勢いよく返ってきてしまう。公表できるもの、できないものを慎重に取捨選択していく。使えると判断したものは、ピックアップして、翼の顔は見えないように加工を施していく。
こういった作業は、前にも経験していたが、今回は私を存分に疲弊させていった。
明け透けな現実を目の当たりにすればするほど、どうしても陽菜と重ねてしまう。
陽菜に向けられた刃の真相は、すべて闇に葬られてしまっている分、想像してしまうのだ。陽菜も、この位酷い仕打ちをされていたのかもしれない。もしかしたら、それ以上だったのかもしれないと。そして、私はそこから助け出すことができなかった。
この件と陽菜は別だと、切り替えようとしても、どうしても脳裏を掠めて、作業の手が止まってしまう。
現実を直視すればするほど、過去へ遡っていって翻弄されて、生気を抜かれていくような感覚だった。
そんな私の変化に灰本が、気づかないはずがなかった。
「大丈夫か?」
眉を顰める灰本に、空元気で取り繕うのが精いっぱいだった。
「ずっと画面とにらめっこしていたから、目が疲れただけですよ」
笑ってみせるけれど、そんなのはすぐに見抜かれしまっていたのだろう。灰本は、私のノートパソコンの画面をパタリと閉じていた。
「柴田の仕事は、ここまでだ。この先は、俺がやる」
いつもなら、絶対やると言うところだが、そんな元気もなくなってしまっていた。素直に頷くことしかできない。
「じゃあ、お言葉に甘えて。シャワー借りますね」
軽く言って、よいしょと、立ち上がる。鉛のように重くなった体を引き摺りながら浴室へ向かう背中に、痛いほど視線を感じた。
頭が熱くなっていた。
蛇口をひねると、冷たい水が飛び出して一気に冷める。
翼が、あの日どうしても呼び出された海へ行かなければならなかった理由が、ありありと残されていたことを思い出す。
『今日は、絶対海に来いよ。お前の大好きな凛が、誰かに襲われたくなければな』
大事な人を引き合いにだされたら、従う以外の選択肢は残されていなかっただろうなと思う。
そして、それを提案したのは、翼が一番信頼を置いていた人物だったとは夢にも思っていなかっただろう。
もしかしたら、陽菜も似たようなことがあったのかもしれない。
当時は、気にも留めていなかった陽菜の断片的な行動が、胸を抉ってくる。
ある日、何かのスイッチが入ったかのように家の戸締りに関して、陽菜が敏感になったこと。
お姉ちゃん、最近変わったことはない? と、心配そうな顔をして陽菜から尋ねられたこともあった。塞ぎこんでいた姿も見たことがある。
そんなことを思い出しても、全部今更。すべては、過ぎ去ってしまったことで、もう元には戻らない。あの時の答えを聞きたくても、もう陽菜はこの世にいない。後悔が冷たい大波となって襲ってくる。
体は冷え切っていく。
その後の私といえば、ネットへ晒すための作業に関して、ほとんど使い物にならなかった。
一方の灰本は感情を微塵も出さず、淡々と作業を進め、ネットへ晒していた。
晒した内容は、瞬く間に拡散されていった。 これまでの最速といってもいいほどの速さで、メディアにまで届き、大きく取り上げられていく。テレビの中の人間は、みんなが憤っていた。
「この四人は、犯罪者だ。たとえ全員が未成年であろうとも、しっかりと罰を与えるべきだ」
顔を真っ赤にさせて怒っている。
私が思っていた通りのことを、代弁してくれる。ずっと真っ黒い霧の中をさ迷い歩いている中で、ほんの少しだけ心が軽くなっていく。
ずっと見て見ぬふりを決めていた学校側も、重い腰を上げざる得なくなり、すぐに会見が行われることになっていた。
テレビ生中継されるほど、注目度は高くなっていた。
相変わらず入り浸っている灰本の家で、私はテレビの前にかじりついていた。
「俺たちの仕事は、終わったんだ。わざわざ見る必要ないだろう」
灰本は、顔を顰めて横やりを入れてきたが、譲る気はなかった。
「明日、美波さんへ報告するんですよね? だったら、依頼を受けた側としては、ちゃんと見届けないと」
昨日、灰本のところへ着信があって、明日事務所へ行くと連絡を受けたことを聞いている。そこに私も同席するようにと、美波からわざわざ要望があったそうだ。ならば、猶更、全部知っておかなければならない。
ソファに座って、正面にある大きなテレビ画面を見据える。
灰本は深いため息をついていた。言ったら聞かない奴だとでも言いたげに。
諦め気味でありながら投げやりとは程遠い、だいぶ気遣われるような視線をよこしてくる。
どうしてそんな顔をするのか、いまいち理解できず、首を傾げる。
何か言いた気に一瞬だけ口を開きかけるが、結局灰本は何も言わなかった。私の横に座って前を向けていく。
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