第34話 犯罪者

 新宿の喫茶店。

 高校の制服であろう少し大きめの学ランを着た細身長身の黒髪短髪色白の男が、入ってきた。落ち着きなさそうに体を揺らしながら、店内をきょろきょろ見回している。

 あの子だ。

 私が立ち上がり、手を振ると緊張した面持ちで、ゆっくり席にやってくる。すぐ目の前にやってくると、私の頭のてっぺんから足の爪先まで、切れ長双眸の真ん中に浮かんでいる黒目を何度も往復させていた。距離が近くなったことで、緊張に警戒もプラスされたようだ。

 

「あなたが、富永嵐さんですね? 身分証明できるもの、見せてくれる?」

 彼は財布から写真付きの学生証をとり出して、机の上に置いていた。その名前、年齢よりも若干童顔に見えるその顔も間違いない、本人だ。

「連絡ありがとう。柴田理穂です」

 警戒心を解きほぐすように微笑んで見せるが、相変わらず顔は強張ったまま。頷きもせず、じっと観察するような眼差しを向けてくる。相手はまだ高校生だ。無理もないだろう。正面のソファに座るように促す。

 

「あなたは、どこかの出版社とかの人なんですか?」

 富永から少し強い口調で問われる。

「いえ。私は、フリージャーナリストです」

 よく灰本が使っている手法を頂戴する。嘘も方便というやつだ。横に置いておいた鞄から、自作した名刺を差し出す。富永は、それを受け取り、手元と私の顔を交互に見比べていた。切れ長の目をしているせいか、目つきがやけに鋭く見える。

 

「とりあえず、何か飲み物でも頼む?」

 話題を変えようとメニューを彼の方へ向けるが、結構ですと、はっきりと断ってきていた。

 緊張は時間とともに薄れてきているようだが、警戒心は解く気がないようだ。メールでやり取りしている時とは、だいぶ印象が違うように感じる。メールの文面はいつも、端々に不安が漂っているように感じたのだが、今目の前にいる彼からはそれがなかった。

 サラシ屋の依頼は、基本メールでくる。その時受ける文面と相手の印象というのは、だいたい予想通りというパターンが多い。もちろん、例外はある。どうやら、今回はそちらの類らしい。

 本当なら雑談でもしたところで、本題に入ろうかと思っていたがそういう方向ならば仕方ない。持っていたメニューから、自分だけコーヒーをオーダーして、居住まいを正す。


「じゃあ、早速本題に入らせてもらうわね」

 富永が、頷くと、私は自分のスマホへ手を伸ばそうとした。すると、すぐに「その前に」と遮っていた。

「録音とかは、なしでお願いします。素性がバレたりするは勘弁してほしいので」

 富永が頭を下げてくる。手を伸ばそうとしたスマホから手をひっこめてまっすぐ富永の目を見やり、頷く。

 

「どうして私と会おうという気になってくれたのかしら?」

 彼はすっと目を逸らして俯き、ゆっくり口を開いた。

「知っていることがある。だけど、怖くて何も言えなかったからです」

 主語が抜けていて、何のことを言っているのかいまいち、わからない。でも、彼なりに何かを伝えてくれようとしていることだけは、よく伝わってくる。

「でも、ずっと黙っているのも苦しくて、少しでも吐き出す場所がほしくて。それで、あなたに連絡をしました」

 そこに、コーヒーが運ばれてきた。

 すぐに手に取り、コーヒーを口の中へ運び、のみ込んだ。少し濃いめのコーヒーで、彼の苦しめている何かを噛みしめる。

「大半の人が、こういうことに声を上げようとはしない。それは、みんな関わりたくないと思っているから。それでも、あなたは、私へ連絡をくれ、話そうとしてくれている。あなたの行動は、素晴らしいことよ。声を上げてくれて、本当にありがとう」

 礼を述べると、富永の口元が少し緩んでいた。僅かな笑みがそこにあった。

 今の言葉で、少し自信をもったということなのかもしれない。そう思った。

 

 富永は少し大きめの学ランのズボンポケットから無言で、スマホを取り出して、操作をし始めていた。

 何か、見せたいのだろうか。

 じっと様子を見守りながら、残っていたコーヒーを飲み干す。先ほど感じた苦みは、冷めたせいかあまり感じない。けれど、ずっと口の中は苦みが残っている。空っぽになったカップを横へ避けると、富永が自分のスマホを私の目の前に置いた。

 

「これ、見てください」

 画面を覗き込むと、富永が画面をタップしていた。

 動画のようだ。無音再生される。

 海の防波堤の岸壁に、富永と同じ制服を着た学生三人が立っていた。真ん中の学生は、釣り竿を持って立っている。あの新聞記事が、思い出された。あの記事には、一人とあった。それなのに、ここには三人いる。記事と似たような状況だが、まるで違う。鳥肌が駆け上がったその瞬間。

 その背中を誰かが蹴り飛ばし、立っていた学生の背中が消えていた。

 息ができなかった。

 消えた背中を見送って、二人の男が海を覗き込む。やはり、同じ制服を着ている。その二人がカメラに向かって振り返る。

 その顔、を真正面から捉える。視線もカメラ目線で、高さもぴったりと合っていた。そこにあったのは、満面の笑み。体中の血液が凍り付いた。すべてが麻痺したように、身体が動かなくなる。そんな私の様子を伺いながら、富永はいった。


「今映っていたのは、河井樹と庵野青です」

「……コイツらが、翼君を突き落としたのね?」

 遅れてやってきた怒りが、唇を戦慄かせる。吐いた熱い熱と一緒に、感情が滲み出てしまう。

 その時だった。

 

「違います。あいつらは、じゃれ合って、遊んでいただけだ」

 冷たく研ぎ澄まされた切れ長の瞳が、私の心臓を貫いていた。

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