第七章②

 さしものハルヒも熱気にだけはいかんともしがたいらしく、くたりと机に寄りかかってアンニュイに彼方かなたの山並を見物していた。

「キョン、暑いわ」

 そうだろうな、俺もだよ。

あおいでくんない?」

「他人を扇ぐくらいなら自分を扇ぐわい。お前のために余分に使うエネルギーが朝っぱらからあるわけないだろ」

 ぐんにゃりとしたハルヒは昨日のべんぜつさわやかなおもかげもなく、

「みくるちゃんの次の衣装なにがいい?」

 バニー、メイドと来たからな、次は……ってまだ次があるのかよ。

「ネコ耳? ナース服? それとも女王様がいいかしら?」

 俺は頭の中で朝比奈さんを次々とえさせ、ずかしそうに顔を赤らめる小さな姿を想像して眩暈めまいを感じた。可愛かわいすぎる。

 しんけんなやみ始めた俺を、ハルヒはまゆをひそめてめつけて耳の後ろにかみはらい、

「マヌケづら

 と決めつけた。お前が話をったんだろうが。多分その通りだろうからこうするつもりはないが。セーラー服のむなもとから教科書で風を送り込みながら、

「ほんと、退たいくつ

 ハルヒは口を見事なへの字にした。まるでマンガのキャラクターみたいに。



 ふくしや熱でこんがり焼けそうな午後の時間をまるまる使ったごくの体育が終わり、二時間も使ってマラソンさせんじゃねえよバカ岡部などとののしりながら俺たちは六組でぞうきんになった体操着をえて、五組にもどってきた。

 早めに体育を切り上げていた女子どもの着替えは終わっていたが、後はホームルームを残すだけとあって運動部に直行する数人は体操着のままであり、運動部とはえんのハルヒもなぜか体操服を着ていた。

「暑いから」

 というのがその理由である。

「いいのよ、どうせ部室に行ったらまた着替えるから。今週はそう当番だし、このほうが動きやすい」

 ほおづえをついた卵形の顔を外に向けたままハルヒは流れる入道雲を目で追っていた。

「そりゃ合理的だな」

 朝比奈さんのコスプレは体操着でもいいな。コスプレと言わないか。正体は不明でも一応は高校生をやってるんだし。

「なんかもうそうしてるでしょ」

 心を読んだとしか思えない的確なツッコミを放って俺をじろりとにらむ。

「あたしが部室に行くまで、みくるちゃんにエロいことしちゃダメよ」

 お前が来てからならいいのか、という言葉を飲み込んで、俺は新米の保安官にけんじゆうきつけられた西部時代の指名手配犯のようにぞんざいな仕草で両手を広げた。



 いつものようにノックの返事を待って部室に入る。テレーズ人形のようにちょこんとに座ったメイドさんが草原のヒマワリのようながおむかえてくれた。安らぐ。

 テーブルのすみでページをる長門はさしずめなんかのちがいで春にいてしまったサザンカである。いやもう自分でも何の例えなんだかわからん。

「お茶れますね」

 頭のカチューシャをちょいと直し朝比奈さんはうわきをパタパタ鳴らしてガラクタがあふれているテーブルにけ寄った。きゆうにお茶っ葉をしんちような手つきで入れている。

 俺はどっかりと団長机にこしを下ろして、いそいそとお茶の用意をする朝比奈さんをながめて一人えつっていたが、その姿をみているうちにてんけいひらめいた。

 パソコンのスイッチを入れ、OSの起動を待つ。ポインタから砂時計マークが消えたのを見計らって、俺はフリーソフトのビューワを立ち上げると、自分で設定したパスワードを入力してフォルダ「MIKURU」の中身を表示させた。さすがコンピュータ研が泣きながら手放した新機種だけあってたちどころにサムネイル表示、朝比奈さんのメイド画像コレクション。

 朝比奈さんが湯飲みを用意している様子を片目で確認しながら、俺はその中の一枚を拡大し、さらに拡大。

 ハルヒによって無理矢理取らされたひようのポージング。大きくはだけた胸元から豊満な谷間がギリギリまでのぞいている。左の白いおかに黒い点があった。もう一段階拡大表示。だいぶドットがれていたが、確かにそれは星形をしていた。

「なるほど、これか」

「何か解ったんですか?」

 机に湯飲みが置かれるより前に俺は手際よく画像を閉じていた。このへん、かりはない。朝比奈さんがモニタを横から覗き込む。何もないですよん。

「あれ、これ何です? このMIKURUってフォルダ」

 ぐあ、抜かった。

「どうして、あたしの名前がついてるの? ね、ね、何が入ってるの? 見せて見せて」

「いやあ、これはその、何だ、さあ何なんでしょうね。きっと何でもないでしょう。うん、そうです、何でもありません」

うそっぽいです」

 朝比奈さんは楽しそうに笑ってマウスに手をばし、後ろからおおかぶさるように俺の右手を取ろうとする。させるまじ、とマウスをつかむ俺。背中にやわらかい身体からだを押しつけてくれながら朝比奈さんは俺のかたの上に顔を出した。甘やかないきほおにかかる。

「あの、朝比奈さん、ちょっとはなれ……」

「見せて下さいよー」

 左手を俺の肩にかけ、右手でマウスを追いかける朝比奈さんの上半身が背中でつぶれているかんしよくに、俺はほとほと参るしかなかった。

 クスクス笑いがを打ち、そのあまりの心地ここちよさに俺はマウスを放しそうになり──、

「何やってんの、あんたら」

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