第六章⑤
ありえないくらいのタイミングの良さで通りかかったタクシーを古泉が止め、俺と
「ところで、いつぞやの約束って何だっけ」
「
「わざわざ遠出する必要があるのか?」
「ええ。僕が超能力者的な力を発揮するには、とある場所、とある条件下でないと。今日これから向かう場所が、いい具合に条件を満たしているというわけです」
「まだハルヒが神様だとか思ってんのか」
後部座席に並んで座っている古泉は、俺に横目をくれて、
「人間原理という言葉をご存じですか?」
「ご存じでないな」
ふっと
「
ちっとも
「我観測す、ゆれに宇宙あり。とでも言い
「そんな無茶な話があるか。人類がいようがいまいが、宇宙は宇宙だろう」
「その通りです。だから人間原理は科学的とは言えません。
タクシーが信号で止まる。運転手は前を見たまま、俺たちを
「なぜ宇宙は、こうも人類の生存に適した形で創造されたのか。重力定数がわずかでも小さいか大きいかしていたなら、宇宙がこのような世界になることはなかったでしょう。あるいはプランク定数が、あるいは
俺は背中がむず
「ご安心を。僕は全知全能たる絶対神が人間の造物主である、などと
何をだ。
「僕たちは、
俺がよほど変な顔をしていたのだろう。古泉は
「
「お前の言ってることは何一つとして理解出来ん」
俺はハッキリ言ってやった。笑えないコントに付き合っているヒマはない。ここで俺を降ろすか、さっさとUターンしろ。出来れば後者がいい。
「人間原理を引き合いに出したのは、ものの例えですよ。涼宮さんの話がまだです」
だから、どうしてお前も長門も朝比奈さんもハルヒがそんなに好きなんだ。
「
いまいましいことだが
「彼女には願望を実現する能力がある」
そんなことを大まじめに断言するな。
「断言せざるを得ません。事態はほとんど涼宮さんの思い通りに推移していますから」
そんなはずがあるか。
「涼宮さんは宇宙人はいるに
「だーかーら、何で解るんだよ!」
「三年前のことです」
三年前はもういい。聞き
「ある日、
「一億万歩
「そうでしょうね。我々だって信じられなかった。一人の少女によって世界が変化、いや、ひょっとしたら創造されたのかもしれない、なんてことをね。しかもその少女はこの世界を自分にとって面白くないものだと思いこんでいる。これはちょっとした
「なぜだ」
「言ったでしょう。世界を自由に創造出来るのなら、今までの世界をなかったことにして、望む世界を一から作り直せばいい。そうなると文字通りの世界の終わりが訪れます。もっとも僕たちがそれを知るすべもないでしょうが。むしろ、我々が
信じられるか、と言う代わりに俺は別の言葉を作っていた。
「だったらハルヒに自分の正体を明かしたらいい。
「それはそれで困るんですよ。涼宮さんが超能力なんて日常に存在するのが当たり前だと思ったなら、世界は本当にそのようになります。物理法則がすべてねじ曲がってしまいます。質量保存の法則も、熱力学の第二法則も。宇宙全体がメチャメチャになりますよ」
「どうにも
俺は言った。
「ハルヒが宇宙人や未来人や超能力者を望んだから、お前や長門や朝比奈さんがいるんだって言ったな」
「そうです」
「なら、なぜハルヒ自身はまだそれに気付いていないんだ。お前たちや、俺までが知っているのに。おかしいだろう」
「
解りやすく言え。
「つまるところ、宇宙人や未来人や超能力者が存在して欲しいという希望と、そんなものがいるはずないという常識論が、彼女の中でせめぎ合っているんですよ。彼女は言動こそエキセントリックですが、その実、まともな思考形態を持つ
「どういうわけだ」
「あなたのせいですよ」
古泉は口だけで笑っていた。
「あなたが涼宮さんに
「俺がどうしたって?」
「
「……
我ながら力のこもらない反論。古泉は
「まあ、それだけが理由ではないのですが」
それだけ言って口を閉ざした。俺が続きを言えと言い出す前に、運転手が言った。
「着きました」
車が止まり、ドアが開かれる。
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