第六章②

 ドアが閉まった。多分、追いかけていってもなんだろうな。

 はー、それにしても朝比奈さんがあんなに美人になるとは、と考えて、俺は先ほど彼女が最初に言ったセリフを思い出した。何と言った? 「久しぶり」。この言葉が表す意味は一つしかない。つまり朝比奈さんは長らく俺に会っていなかったのだ。と言うことは。

「そうか。そうだよな」

 未来人であるところの朝比奈さんは、遠からず元いた時代にもどってしまうのだ。それから何年もって再び相まみえたのが、つまり今さっきなのだ。

 いったい彼女にとってどれくらいの時間が経過していたのだろうか。あの成長ぶりから見ると、五年……三年くらいか。女ってのは高校を出ると劇的に変化するからな。それまでしゆうさいタイプの目立たない女だったのに大学に入ったたんにサナギからしたブラジルちようみたいになってしまった従姉妹いとこを思いかべて、そういやそもそも朝比奈さんのじつねんれいを知らないな、本当に十七ってことはないと思うのだが。

 腹が減った。教室に戻ろう。

「…………」

 長門有希がれいとう保存したようなだん通りの顔で入ってきた。ただし、眼鏡めがねはない。ガラスしではない生の視線が直接俺をく。

「よお、来るとき朝比奈さんに良く似た人とすれちがわなかったか」

 じようだん交じりに言った言葉に長門は、

「朝比奈みくるの異時間同位体。朝に会った」

 きぬれの音をまったく立てずに長門はパイプに座りテーブルの上で本のページを広げた。

「今はもういない。この時空から消えたから」

「ひょっとしてお前も時間移動とか出来るのか? その情報ナントカ体も」

「わたしには出来ない。でも時間移動はそんなに難しいことではない。今の時代の地球人はそれに気づいていないだけ。時間は空間と同じ。移動するのは簡単」

「コツを教えてもらいたいね」

「言語ではがいねんを説明出来ないし理解も出来ない」

「そうかい」

「そう」

「そりゃ、しょうがないな」

「ない」

 山びこと会話しているようなむなしさを感じ、俺は今度こそ教室に戻ることにした。飯食う時間あるかな。

「長門、昨日はありがとよ」

 無機質な表情がほんの少しだけ動いた。

「お礼ならいい。朝倉涼子の異常動作はこっちの責任。ぎわ

 まえがみがわずかに動いた。

 ひょっとして頭を下げたのだろうか。

「やっぱり眼鏡はないほうがいいぞ」

 返答はなかった。



 なんとかちよう特急でオカズだけでも食おうと弁当の待ちわびる教室の前で、俺はハルヒのぼうがいにあい、ついに食いっぱぐれることになった。これも運命というやつなのだろう。すでにていかんの域に達しつつある俺である。

 どうやらろうで俺を待っていたらしいハルヒは、いらたしげに、

「どこ行ってたのよ! すぐ帰ってくると思ってご飯食べないで待ってたのに!」

 そんな心からおこるんじゃなくておさなみがかくしで怒っている感じでたのむ。

「アホなことほざいてないで、ちょっとこっち来て」

 俺のうでをとって関節わざを決めたハルヒはまた俺をうすぐらい階段のおどへとした。

 とにかく腹が減っていた。

「さっき職員室で岡部に聞いたんだけどね、朝倉の転校って朝になるまでだれも知らなかったみたいなのよ。朝イチで朝倉の父親を名乗る男から電話があって急にすことになったからって、それもどこだと思う? カナダよカナダ。そんなのあり? さんくさすぎるわよ」

「そうかい」

「それであたし、カナダのれんらく先を教えてくれって言ったのよ。友達のよしみで連絡したいからって」

 まともに口をきいたこともないくせに。

「そしたらどうよ、それすらわからないって言うのよ? つう引っ越し先くらい伝えるでしょ。これは何かあるに違いないわ」

「ねえよ」

「せっかくだから引っ越し前の朝倉の住所をいてきた。学校が終わったら、その足で行くことにするわ。何か解るかもしれない」

 相変わらず人の話を聞かないやつだ。

 ま、別に止めないことにする。ぼねを折るのはハルヒであって、俺ではない。

「あんたも行くのよ」

「なんで?」

 ハルヒはかたいからせ、えんく前のかいじゆうのように呼気を吸い上げ、廊下にまで届くような大声でさけんだ。

「あんたそれでもSOS団の一員なの!」



 ハルヒの伝言をおおせつかった俺はその場をほうほうていで退散し、部室へと取って返すと長門に今日は俺もハルヒも部室には来ないことを伝え、それを朝比奈さんと古泉が放課後に来たら教えるように言い、しかしこのもくな宇宙人だけではどんな伝言ゲームが結果になるか知れたものではなかったので、部室に余っていたわらばんのビラの裏に「SOS団、本日自主休日   ハルヒ」とマジックで書いてドアにびようで留めた。

 古泉はともかく朝比奈さんがメイド服にえる手間くらいは省いてあげるべきだろう。

 そんなことをしていたおかげで、俺はてつてい的に空腹のまま、五限の始まりのかねを聞く羽目になった。合間の休み時間に食ったけどな。

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