第六章①
その懸案事項は
しかし今度のブツは一味
朝比奈みくる
と、読めた。
封筒を一動作でブレザーのポケットに収めた俺が男子トイレの個室に飛び込んで
『昼休み、部室で待ってます みくる』
昨日あんな目にあったおかげで、俺の人生観と世界観と現実感はまとめてバレルロールを
ほいさと出かけて行って、また生命の危機に直面するのは
しかしここで行かないわけにはいくまい。
情けないとか言わんでくれ。こちとら
四時限が終わるや俺は、休み時間の間から意味深な視線を送ってくる谷口に話しかけられたり
まだ五月だと言うのに照りつける陽気はすでに夏の熱気、太陽は特大の石炭でもくべられたみたいに
三分とかからず、俺は文芸部の部室前に立つ。とりあえずノック。
「あ、はーい」
確かに朝比奈さんの声だった。
長門はいなかった。それどころか朝比奈さんもいなかった。
校庭に面した窓にもたれるようにして、一人の女性が立っていた。白いブラウスと黒のミニタイトスカートをはいている
その人は俺を見ると、顔中に喜色を
「キョンくん……久しぶり」
朝比奈さんじゃなかった。朝比奈さんにとてもよく似ている。本人じゃないかと
でもそれは朝比奈さんではなかった。俺の朝比奈さんはこんなに背が高くない。こんなに大人っぽい顔をしていない。ブラウスの布地を
俺の手を胸の前で
「あの……」
俺はとっさに思いつく。
「朝比奈さんのお姉さん……ですか?」
その人は
「うふ、わたしはわたし」と彼女は言った。
「朝比奈みくる本人です。ただし、あなたの知ってるわたしより、もっと未来から来ました。……会いたかった」
俺はバカみたいな顔をしていたに違いない。そうだ、確かに目の前の女性が今から何年後かの朝比奈さんだと言われると一番すっきりする。朝比奈さんが大人になったらこんな感じの美人になるだろうなというそのまんまな美人がここにいた。ついでに言うと身長も
「あ、信用してないでしょ?」
その秘書スタイルの朝比奈さんはいたずらっぽく言うと、
「
やにわにブラウスのボタンを外しだした。第二ボタンまでを外してしまうと、面食らう俺に向けて
「ほら、ここに星形のホクロがあるでしょう? 付けボクロじゃないよ。
左の胸のギリギリ上に確かにそんな形のホクロが
「これで信じた?」
信じるも何も、俺は朝比奈さんのホクロの位置なんか覚えちゃいない。そんな
「あれ? でもここにホクロがあるって言ったのキョンくんだったじゃない。わたし、自分でも気づいてなかったのに」
不思議そうに首を
「あ……やだ、今……あっ、そうか。この時はまだ……うわ、どうしよっ」
シャツの前をはだけたまま、その朝比奈さんは両手で
「わたし、とんでもない
そう言われてもなあ。それより早くボタンとめてくれないかな。どこ見たらいいのか迷います。
「
「は?」
「いえ、こちらの話です」
まだ赤らむ頬を押さえていた
「この時間平面にいるわたしが未来から来たって、本当に信じてくれました?」
「もちろん。あれ、そしたら今、二人の朝比奈さんがこの時代にはいるってことですか?」
「はい。過去の……わたしから見れば過去のわたしは、現在教室でクラスメイトたちとお弁当中です」
「そっちの朝比奈さんはあなたが来ていることを……」
「知りません。実際知りませんでしたし。だってそれ、わたしの過去だもの」
なるほど。
「あなたに一つだけ言いたいことがあって、無理を言ってまたこの時間に来させてもらったの。あ、長門さんには席を外してもらいました」
長門のことだから、この朝比奈さんを見ても
「……朝比奈さんは長門のことを知ってるんですか?」
「すみません。禁則
「俺は先日聞いたばかりですが」
そうでした、と自分の頭をぽかりと
が、急に
「あまりこの時間にとどまれないの。だから手短に言います」
もう何でも言ってくれ。
「白雪
俺は今や
「そりゃ知ってますけど……」
「これからあなたが何か困った状態に置かれたとき、その言葉を思い出して欲しいんです」
「七人の小人とか
「そうです。白雪姫の物語を」
「困った状態なら昨日あったばかりですが」
「それではないんです。もっと……そうですね、
俺と? ハルヒが?
「……涼宮さんはそれを困った
「詳しく教えてもらうわけには──いかないんでしょうね」
「ごめんなさい。でもヒントだけでもと思って。これがわたしの
大人朝比奈さんはちょっと泣きが入っている顔をした。ああ、確かに朝比奈さんだな、これは。
「それが白雪姫なんですか」
「ええ」
「覚えておきますよ」
俺がうなずくと朝比奈さんは、もうちょっとだけ時間があります、と言って、
「よくこんなの着れたなあ、わたし。今なら絶対ムリ」
「今の格好もOLのコスプレみたいですよ」
「ふふ、制服を着るわけにはいかなかったから、ちょっと教師風にしてみました」
何を着ても似合う人というのはいるものだ。試しに
「ハルヒには
「
スリッパをペタペタ鳴らしながら朝比奈さんは俺の目の前に立つと、
「じゃあ、もう行きます」
もの問いたげに、朝比奈さんは真正面から俺を見つめ続ける。
ひょいと身をひねった朝比奈さんは、
「最後にもう一つだけ。わたしとはあまり仲良くしないで」
入り口に走った朝比奈さんに、俺は声をかけた。
「俺も一つ教えて下さい!」
ドアを開こうとしてピタリと止まる朝比奈さんの後ろ姿。
「朝比奈さん、今、
巻き毛を
「禁則事項です」
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