第五章⑦

 いきなりだ。

 教室のすべてのものがかがやいたかと思うと、その一秒後にはキラキラした砂となってくずれ落ちていく。俺の横にあった机も細かいりゆうに変じて、ほうかいする。

「そんな……」

 てんじようから降るけつしようつぶを浴びながら、今度こそ朝倉はきようがくの様子だった。

「あなたはとてもゆうしゆう

 長門の体中に刺さったやりも砂になる。

「だからこの空間にプログラムを割り込ませるのに今までかかった。でももう終わり」

「……しんにゆうする前に崩壊因子を仕込んでおいたのね。どうりで、あなたが弱すぎると思った。あらかじめこうせい情報を使い果たしていたわけね……」

 同じく結晶化していく両腕をながめながら朝倉は観念したように言葉をいた。

「あーあ、残念。しょせんわたしはバックアップだったかあ。こうちやく状態をどうにかするいいチャンスだと思ったのにな」

 朝倉は俺を見てクラスメイトの顔にもどった。

「わたしの負け。よかったね、延命出来て。でも気を付けてね。統合思念体は、この通り、一枚岩じゃない。相反する意識をいくつも持ってるの。ま、これは人間も同じだけど。いつかまた、わたしみたいな急進派が来るかもしれない。それか、長門さんのあやつり主が意見を変えるかもしれない」

 朝倉の胸から足はすでに光る結晶におおわれていた。

「それまで、涼宮さんとお幸せに。じゃあね」

 音もなく朝倉は小さな砂場となった。ひとつぶ一粒の結晶はさらに細かく分解、やがて目に見えなくなるまでになる。

 さらさら流れ落ちる細かいガラスのような結晶が降る中、朝倉涼子という女子生徒はこの学校から存在ごとしようめつした。

 とすん、と軽い音がして、俺はそっちへ首をねじ曲げ、長門がたおれているのを発見してあわてて立ち上がった。

「おい! 長門、しっかりしろ、今救急車を、」

「いい」

 目を見開いて天井を見上げながら長門は、

「肉体の損傷はたいしたことない。正常化しないといけないのは、まずこの空間」

 砂のほうらくが止まっていた。

「不純物を取り除いて、教室を再構成する」

 見る間に一年五組が見慣れた一年五組へと、元通りに、そうだな、まるでビデオの逆回しだな、いつもの教室に戻っていく。

 白い砂から黒板が、きようたくが、机が生まれて、放課後教室を出た時と同じ場所に並んでいく光景は、何と言えばいいんだろうな。こうして生で見ていなければ良く出来たCGだと思ったろうな。

 壁だったところにまどわくが出来て、すうっととうめい化して窓ガラスとなる。西日がオレンジ色に俺と長門をさいしよくした。試しに自分の机の中を調べてみたら、ちゃんと入れたままにしておいたものがそのまま入っている。俺の体中に散った長門の血もいつしか消えている。たいしたもんだ。ほうとしか思えない。

 俺はまだている長門のわきかがみ込んだ。

「本当にだいじょうぶなのか?」

 確かにどこにもケガがあるように見えない。あれだけさっていたら制服も穴だらけだと思ったが、そんなものは一つもなかった。

「処理能力を情報の操作と改変に回したから、このインターフェースの再生は後回し。今やってる」

「手を貸そうか」

 俺のばした手に、案外素直にすがりついた。上体を起こしたところで、

「あ」

 わずかにくちびるを開いた。

眼鏡めがねの再構成を忘れた」

「……してないほうが可愛かわいいと思うぞ。俺には眼鏡属性ないし」

「眼鏡属性って何?」

「何でもない。ただのもうげんだ」

「そう」

 こんなどうでもいい会話をしている場合ではなかったのである。後々俺は、とことんやむことになる。長門を置き去りにしてでも、さっさとこの場を立ち去るべきだったかと。

「ういーす」

 ガサツに戸を開けてだれかが入ってきた。

「わっすれーもの、忘れ物ー」

 自作の歌を歌いながらやって来たそいつは、よりにもよって谷口だった。

 まさか谷口もこんな時間に教室に誰かがいるとは思わなかっただろう。俺たちがいるのに気づいてギクリと立ち止まり、しかるのちに口をアホみたいにパカンと開けた。

 この時、俺はまさに長門をき起こそうとするモーションに入ったばかりだった。その静止画をみたら、逆に押し倒そうとしているとも思えなくもない体勢なわけで。

「すまん」

 聞いたこともないな声で谷口は言うとザリガニのように後ろへ下がり、戸も閉めないで走り去った。追うヒマもなかった。

おもしろい人」と長門。

 俺は盛大なため息をついた。

「どうすっかなー」

「まかせて」

 俺の手にもたれかったまま動くことなく長門は言った。

「情報操作は得意。朝倉涼子は転校したことにする」

 そっちかよ!

 などとツッコンでいる場合ではない。とうとつに俺はがくぜんとした。よく考えたら俺はとんでもない体験をしてしまったんじゃないか? この前に長門が延々と語ったデンパ話、トンチキなもうそう語りを信じるとか信じないとかいう問題ではない。半信半疑とも言ってられん。さっきの出来事は本気のヤバさとは何かを俺に実感させてくれた。マジで死ぬかと思った。長門がてんじようから落ちてこなければ、確実に俺は朝倉によって強制しようてんさせられていただろう。ぐにゃぐにゃした教室の光景も、バケモノじみた姿になった朝倉も、それをどうやってかしようめつさせてしまった長門の無感動さも、それらはすべてリアルに俺の身へと降り注いだことだった。

 これじゃ、長門が本格的に宇宙人か何かの関係者であることを納得せざるを得ないではないか。

 おまけに、このままでは俺はこのイカレタじようきようの当事者になってしまう。ぼうとうに言ったとおり、俺は巻き込まれ型のぼうかん者でいたいのだ。わきやくじゆうぶんなのだ。なのに、これではまるで俺が主人公みたいじゃねえか。確かに俺は宇宙人みたいなやつが出てくる物語の登場人物になりたいとかつて思っていたが、本当に自分がそんなキャラになってしまうとなると話は別だ。

 はっきり言や、困る。

 何かしらの問題に直面して困っている奴に横から半笑いで適当なアドバイスをするような、そんな役割を俺は望んでいたのだ。こんな俺自身がクラスメイトに命をねらわれるような、不条理な展開は願い下げにしたい。本当の話、俺はまだ人生にしゆうちやくがあるのだ。

 オレンジ色に染められた教室で、俺はしばしぜんとしたままこうしていた。長門の体重を感じさせない身体からだを支えたままで。

 これは……いったいどうしたものだろう? 俺は何を思えばいいんだ? けていたおかげで俺は、とっくに再生とやらがしゆうりようした長門が無表情に見上げていることにも気付かずじまいだった。



 翌日、クラスに朝倉涼子の姿はなかった。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、それを当たり前だと思っているのはどうやら俺だけであり、岡部担任が、

「あー、朝倉くんだがー、お父さんの仕事の都合で、急なことだと先生も思う、転校することになった。いや、先生も今朝聞いておどろいた。なんでも外国に行くらしく、昨日のうちに出立したそうだ」

 と、あまりにもうそくさいことをホームルームで言ったときも、「えーっ?」「何でーっ?」と主に女子どもがさわぎ立て、男子連中も、ザワ……ザワ……と顔を見合わせ、岡部教師も首をひねっていたわけなのだが、もちろんこの女もだまっていたりはしなかった。

 ごん、と俺の背中をこぶしいて、

「キョン。これは事件だわ」

 すっかり元気を取りもどした涼宮ハルヒが目をかがやかせていた。

 どうする? 本当のことを言うか?

 実は朝倉は情報統合思念体なる正体不明の存在に作られた長門の仲間で、なんか知らんが仲間割れして、その理由が俺を殺すか殺さないかで、なぜ俺かと言うとハルヒの情報がどうのこうので、あげくの果てに長門によって砂に変えられてしまいました、とさ。

 言えるわけねえ。つーか俺が言いたくない。あれはすべて俺のげんかくだったと思っていたいくらいなのだ。

なぞの転校生が来たと思ったら、今度は理由も告げずに転校していく女子までいたのよ。何かあるはずよ」

 かんの良さをめてやるべきなのだろうか。

「だから親父おやじの仕事の都合なんだろ」

「そんなベタな理由は認めらんない」

「認めるも認めないも、転校の理由で一番ポピュラーなのはそれだろうよ」

「でもおかしいでしょ。いくら何でも昨日の今日よ。転勤の辞令からしまで一日もないって、どんな仕事よ、それ」

むすめに知らせてなかったとか……」

「あるわけないわよ、そんなの。これは調査の必要ありね」

 仕事の都合というのは言い訳で本当はげだったんじゃないかとか言おうとしたがやめておいた。それが真実でないのは俺が一番よく知っている。

「SOS団として、学校の不思議を座視するわけにはいかないわ」

 やめてくれ。

 昨日の事件は俺にてつてい的な変革を要求せしめた。なにしろ、マジモノのちようじよう現象をの当たりにしてしまったのだから、それをなかったことにするには、俺の目か頭かのどちらかがどうにかしていたか、この世界そのものが実はおかしかったのか、実は俺は長々と夢を見続けているのかの、どれかを選ばなくてはならなくなってしまった。

 そして俺はこの世界が非現実のシロモノだとは、どうしても思うことが出来ないでいるのだ。

 まったく、人生の転機が訪れるには、十五年と数ヶ月は少々早すぎの気がしやしないか?

 なんで俺は高一にして、世界の在り方などというてつがく的な命題に直面しなければならないのだろう。そんなもん、俺が考える事ではないはずだ。これ以上、余計な仕事を増やさないで欲しい。

 そうでなくとも、俺はまたまたけんあんこうかかえているんだからな。

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