第五章④

 どうかいしやくするか、脳内人格を結集して会議を開く必要がある。まず一人目が「前にも同じようなことがあったよな」と言っている。しかしこれはあのしおりに書いてあった長門の字とは明らかにちがう。あのしよう宇宙人モドキの字は機械のようにれいだったが、この紙切れの字はいかにも女子高生が書きそうな丸味を帯びている。それに長門なら下駄箱にメッセージを入れるなんて率直な手は使わないだろう。すると二人目が「朝比奈みくるってセンはないか」と言い出した。それもどうかと思う。千切ったノートの切れっ端にこんな時間指定もない伝言をよこすとは思えない。そうだな、朝比奈さんだったらちゃんとしたふうとう便びんせんで書いてくれるであろう。それに一年五組などと俺の教室を場所に指名しているのもおかしい。「ハルヒなら?」と三人目。ますますありえん。あいつならいつかのように階段のおどまでごういんに引っ張って行って話をつけるだろう。似たような理由で古泉説もきやつ。四人目がとうとう「じゃあ見も知らない第三の人物からのラブレター」。ラブレターかどうかはさておき、呼び出しを告げるれんらく文書であることは確かだ。相手が女とは限らないが。「のぼせるなよ。谷口と国木田あたりのとびっきりジョークかもしれないぜ」。そうだな、その可能性が最も理解しやすい。いかにもアホの谷口がやりそうな頭の悪いギャグのにおいがプンプンする。が、だったらもっとディテールにるような気もするのだが。

 そんなことを考えながら俺はワケもなく校内を練り歩いた。ハルヒは体調不十分を理由に早々に帰宅しちまった。好都合と言えば好都合だ。

 俺はいったん部室に行くことにした。あまり早く五組にもどって、それこそ誰もいない教室で誰とも知れないやつを待っているのもごうはらだし、待っている最中に谷口がやって来て、「よう、どんだけ待った? あんな紙切れ一枚でひょいひょいやって来るとは、お前も単純だなゲラゲラ」とか言われるともっとシャクにさわる。時間をつぶしてから教室をひょいとのぞいて、誰もいないことを確認してさっさと帰ろう。うむ、かんぺきな作戦だ。

 一人うなずきながら歩いている間に部室の前までたどり着いた。ノックを忘れない。

「はーい、どうぞ」

 朝比奈さんの返答を確認して俺はドアを開ける。朝比奈さんのメイド姿はいつ何回見てもれんだ。

おそかったんですね。涼宮さんは?」

 お茶をれてくれる姿も様になっている。

「帰りました。何だかつかれ気味のようでしてね。ぎやくしゆうするなら今ですよ、弱ってる最中みたいだから」

「そんなの、しませんよー」

 長門が読書に情熱をかたむける姿を背景に、俺たちは向かい合ってお茶を飲んだ。また元の無目的な同好会未満になっている感じ。

「古泉は来てないんですか?」

「古泉くんね、さっきちょっと顔を見せたんだけど、アルバイトがあるからって帰っちゃった」

 何のバイトなんだかな。ま、この様子ではここにいる二人が手紙の主ではなさそうだ。

 ほかにすることもないので俺と朝比奈さんはれがちの会話の合間にオセロをして、三戦全勝を俺がかざり、次いでネットにつないで二人してニュースサイトをぐるぐる回っていると長門がパタリと本を閉じ、最近はそれを部活しゆうりようの合図にしている俺たちは帰りたくを始めた。もうまったく何を活動しているのかわからない。

 えるから先に帰ってて、という朝比奈さんのお言葉に甘えて俺は部室を飛び出した。

 時計は五時半あたりを指している。教室に残っている生徒など一人としていまい。

 谷口だってしびれを切らして帰っちまってる時間だろう。それでも俺は二段飛ばしで階段をけ上がり、校舎の最上階を目指した。何事にも万が一ということがある。だろ?

 ひとえたろうで、俺は深呼吸一つ。窓はりガラスなので中の様子はうかがえないが、西日でオレンジ色に染まっていることだけは解る。俺はことさら何でもなさそうに一年五組の引き戸を開けた。



 だれがそこにいようとおどろくことはなかったろうが、実際にそこにいた人物を目にして俺はかなり意表をつかれた。まるで予想だにしなかった奴が黒板の前に立っていたからだ。

「遅いよ」

 朝倉涼子が俺に笑いかけていた。

 清潔そうなまっすぐのかみらして、朝倉はきようだんから降りた。プリーツスカートからびた細いあしと白いソックスがやけに目に付く。

 教室のなかほどに進んで歩みを止め、朝倉はがおをそのままにさそうように手をった。

「入ったら?」

 引き戸に手をかけた状態で止まっていた俺は、その動きに誘われるように朝倉に近寄る。

「お前か……」

「そ。意外でしょ」

 くったくなく笑う朝倉。その右半身が夕日にあかく染まっていた。

「何の用だ?」

 わざとぶっきらぼうにく。くつくつと笑い声を立てながら朝倉は、

「用があることは確かなんだけどね。ちょっと訊きたいことがあるの」

 俺の真正面に朝倉の白い顔があった。

「人間はさあ、よく『やらなくてこうかいするよりも、やって後悔したほうがいい』って言うよね。これ、どう思う?」

「よく言うかどうかは知らないが、言葉通りの意味だろうよ」

「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状をするままではジリひんになることは解ってるんだけど、どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らないとき。あなたならどうする?」

「なんだそりゃ、日本の経済の話か?」

 俺の質問返しを朝倉は変わらない笑顔で無視した。

「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃない? どうせ今のままでは何も変わらないんだし」

「まあ、そういうこともあるかもしれん」

「でしょう?」

 手を後ろで組んで、朝倉は身体からだをわずかに傾けた。

「でもね、上の方にいる人は頭が固くて、急な変化にはついていけないの。でも現場はそうもしてられない。手をつかねていたらどんどん良くないことになりそうだから。だったらもう現場の独断できようこうに変革を進めちゃってもいいわよね?」

 何を言おうとしているんだ? ドッキリか? 俺はそう用具入れにでも谷口がかくれてるんじゃないかと思って教室をわたした。隠れやすそうな所は、あときようたくの中とかか。

「何も変化しない観察対象に、あたしはもうき飽きしてるのね。だから……」

 キョロキョロするのに気を取られて、俺はあやうく朝倉の言うことを聞きらすところだった。

「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」

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