第五章①

 週明け、そろそろ梅雨つゆを感じさせる湿しつを感じながら登校すると着いたころには今までにも増してあせみずくになった。だれかこの坂道にエスカレータを付けるという公約をかかげて選挙に出るやつはいないものか。将来選挙権を得たときにそいつに投票してやってもいい。

 教室でしたきを団扇うちわ代わりにして首元から風を送り込んでいたら、めずらしく始業のかねギリギリにハルヒが入ってきた。

 どすりとかばんを机に投げ出し、

「あたしもあおいでよ」

「自分でやれ」

 ハルヒは二日前に駅前で別れたときとまったく変化のないぶつちようづらで唇をき出していた。最近マシな顔になったと思っていたのに、また元にもどっちまった。

「あのさ、涼宮。お前『しあわせの青い鳥』って話知ってるか?」

「それが何?」

「いや、まあ何でもないんだけどな」

「じゃあいてくんな」

 ハルヒはななめ上を睨み、俺は前を向き、岡部教師がやって来てホームルームが始まった。



 この日の授業中、げんオーラを八方に放射するハルヒのダウナーな気配がずっと俺の背中にプレッシャーをあたえていて、いや、今日ほど終業のチャイムがふくいんに聞こえた日はなかった。山火事をいち早く察知した野ネズミのように、俺は部室とうへと退たいする。

 部室で長門が読書する姿は今やデフォルトの風景であり、もはやこの部屋と切りはなせない固定の置物のようでもあった。

 だから俺は、一足先に部室に来ていた古泉一樹にこのように言った。

「お前も俺に涼宮のことで何か話があるんじゃないのか?」

 この場には三人しかいない。ハルヒは今週がそう当番だし朝比奈さんはまだ来ていない。

「おや、お前も、と言うからにはすでにお二方からアプローチを受けているようですね」

 古泉は、昨日図書館から借り出した本に顔をうずめている長門をいちべつする。すべてを知ってるみたいな訳知り口調が気に入らない。

「場所を変えましょう。涼宮さんに出くわすとマズイですから」

 古泉が俺をともなって訪れた先は食堂の屋外テーブルだった。ちゆうはんのコーヒーを買って俺にわたし、丸いテーブルに男二人でつくのもアレだけども、この際仕方がない。

「どこまでご存じですか?」

「涼宮がただ者ではないってことくらいか」

「それなら話は簡単です。その通りなのでね」

 これは何かのじようだんなのか? SOS団にそろった三人が三人とも涼宮を人間じゃないみたいなことを言い出すとは、地球温暖化のせいで熱気にあてられてるんじゃねえのか。

「まずお前の正体から聞こうか」

 宇宙人と未来人には心当たりがあるから、

「実はちようのうりよく者でして、などと言うんじゃないだろうな」

「先に言わないで欲しいな」

 古泉は紙コップをゆるゆると振って

「ちょっとちがうような気もするんですが、そうですね、超能力者と呼ぶのが一番近いかな。そうです、実は僕は超能力者なんですよ」

 俺はだまってコーヒーを飲んだ。減糖しておくべきだった。甘ったるい。

「本当はこんな急に転校してくるつもりはなかったんですが、じようきようが変わりましてね。よもやあの二人がこうも簡単に涼宮ハルヒとけつたくするとは予定外でした。それまでは外部から観察しているだけだったんですけど」

 ハルヒを珍しいこんちゆうか何かみたいに言うな。

 俺のまゆが寄ったのを見てとったか、

「どうか気を悪くしないで下さい。我々も必死なんですよ。涼宮さんに危害を加えたりはしませんし、むしろ我々は彼女を危機から守ろうとしているんですから」

「我々ってことは、お前のほかにもいっぱいいるのか。その超能力者とやらは」

「いっぱいってことはないですが、それなりには。僕はまつたんなので正確には知りませんが、地球全土で十人くらいでしょう。その全員が『機関』に所属しているはずです」

『機関』と来たか。

「実体は不明です。構成員が何人いるのかも。トップにいる人たちがすべてをとうかつしているそうですが」

「……それで、その『機関』なる秘密結社は何をする団体なんだ」

 古泉はぬるくなったコーヒーでくちびる湿しめらせ、

「あなたの想像通りですよ。『機関』は三年前のほつそく以来、涼宮ハルヒのかんを最重要こうにして存在しています。きっぱり言い切ってしまえば、涼宮さんを監視するためだけに発生した組織です。ここまで言えばそろそろおわかりでしょうが、この学校にいる『機関』の手の者は僕だけではありません。何人ものエージェントがすでにせんにゆう済みです。僕は追加要員としてここに来ました」

 だしぬけに俺は谷口の顔を思い出した。ハルヒとは中学からずっと同じクラスであるとか言っていた。まさか、あいつも古泉と同種類の人間なのか?

「さあ、それはどうでしょう」

 古泉はするりとしらばっくれ、

「しかしまあ、それなりの人員が涼宮さんの周りにいることは保証してもいいですよ」

 どうしてみんなそんなにハルヒが好きなんだ。エキセントリックでたけだかで周囲のめいわくかえりみない自己中女のどこにそんな大げさな組織からねらわれるような要因があると言うんだ。見てくれがいいのは認めてやっていいが。

「今から三年前に何があったのかは解りません。僕に解るのは、三年前のあの日、とつぜん僕の身に超能力としか思えない力が芽生えたことですね。最初はパニックでしたよ。こわい思いもずいぶんしましたしね。すぐに『機関』からおむかえが来て救われましたが、あのままではてっきり自分の頭がおかしくなったと思って自殺してたかもしれません」

 その時から今までずっとお前の頭はおかしくなり続けなんじゃないか。

「ええ、その可能性もなくはない。しかし我々はもっとすべき可能性をしているのですよ」

 ちよう的なみといつしよにコーヒーを飲み込んだ古泉は不意に真顔になった。

「あなたは、世界がいつから存在していると思いますか?」

 えらくマクロな話に飛んだな。

はるか昔にビッグバンとかいうばくはつが起きてからじゃないのか」

「そういうことになってますね。ですが我々は一つの可能性として、世界が三年前から始まったという仮説を捨てきれないのですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る