第四章③

 その後、俺たちはひたすらに街をブラついて過ごした。ハルヒにはデートじゃないんだからとくぎされていたが、あんな話を聞いた後ではもうどうでもよくなっていた。俺と朝比奈さんはコジャレ系のブティックをウィンドーショッピングして回ったり、ソフトクリームを買って食いながら歩いたり、バッタモノのアクセサリーを往来に広げているてんしようを冷やかしたり……つまり普通のカップルのようなことをして時間をつぶした。

 これで手でもつないでくれたら最高だったんだけどな。

 けいたい電話が鳴った。発信元はハルヒ。

『十二時にいったん集合。さっきの駅前のとこ』

 切れた。うで時計を見ると十一時五十分。間に合うわけがねえ。

「涼宮さん? 何って?」

「また集まれだそうです。急いでもどったほうがよさそうですね」

 俺たちが腕でも組んで現れたらハルヒはどんな顔をするだろう。おこり出すだろうか。

 カーディガンの前を合わせながら朝比奈さんは不思議そうに俺を見上げた。



しゆうかくは?」

 十分ほどおくれて行くと開口一番、ハルヒはげんつらで、

「何かあった?」

「何も」

「本当に探してた? ふらふらしてたんじゃないでしょうね。みくるちゃん?」

 朝比奈さんはふるふると首をる。

「そっちこそ何か見つけたのかよ」

 ハルヒはちんもくする。その後ろで古泉がせいりようかんあふれる顔で頭をかき、長門はぼんやりとっ立っていた。

「昼ご飯にして、それから午後の部ね」

 まだやるつもりかよ。



 ハンバーガーショップで昼飯を食っているなかにハルヒはまたグループ分けをしようと言い出し、きつてんで使用した五本のつまようを取り出した。用意のいい奴だ。

 無造作に手をいつせんさせ、古泉が、

「また無印ですね」

 白すぎる歯。こいつは笑ってばかりいるような気がするな。

「わたしも」

 朝比奈さんがつまんだようを俺に見せた。

「キョンくんは?」

「残念ですが、印入りです」

 ますます不機嫌な顔で、ハルヒは長門にも引くようにうながした。

 クジの結果、今度は俺と長門有希の二人とその他三人という組み合わせになった。

「……」

 印の付いていないおのれの爪楊枝を親のきゆうてきのような目つきでながめ、それから俺とチーズバーガーをちまちま食べている長門を順番に見て、ハルヒはペリカンみたいな口をした。

 何が言いたい。

「四時に駅前で落ち合いましょう。今度こそ何かを見つけてきてよね」

 シェイクをチュゴゴゴと飲み干した。



 今度は北と南に別れることになり、俺たちは南担当。去りぎわに朝比奈さんは小さく手を振ってくれた。心が温まるね。

 そして今、俺は昼下がりの駅前で、けんそうの中に長門と並んで立ちつくしているわけだ。

「どうする」

「……」

 長門は無言。

「……行くか」

 歩き出すとついてくる。だんだんとこいつのあつかいにも慣れてきた。

「長門、この前の話だがな」

「なに」

「なんとなく、少しは信じてもいいような気分になってきたよ」

「そう」

「ああ」

「…………」

 くうきよなオーラをまといながら俺たちはもくもくと駅の周りを回り続けた。

「お前、私服持ってないのか」

「……」

「休みの日はいつも何してんのさ」

「……」

「今、楽しいか」

「……」

 ま、こんな感じか。

 いい加減にきよ的な行動を続けるのもしんどくなってきたので、俺は長門を図書館にさそった。本館はもっと海べりにあるのだが、駅前が行政開発によって土地整備されたときに出来た新しい図書館である。本なんかほとんど借りたりしないから俺は入ったことがない。

 ソファでもあったら座って休もうと思っていたのだが、あるにはあるものの全部ふさがっていた。ヒマ人どもめ。ほかに行くところがないのか。

 俺がぜんと館内をわたしていると、長門はまるで夢遊病かんじやのようなステップでふらふらとほんだなに向かって歩き出した。ほうっておこう。

 本は昔よく読んだ。小学生の低学年のころ、母親が図書館で子供向けのジュブナイルを借りてきて俺にあてがった本をかたはしから読んでいた。ジャンルも何もまちまちだったが、それでも読む本すべてがおもしろかったようにおくしている。何読んだかは忘れたけど。

 いつからかな。本を読まなくなったのは。読んでも面白いと思わなくなったのは。

 俺は本棚から目に付いた本をいて、パラパラめくっては元にもどすことをり返しながらこれだけの量の中から事前情報なしに面白い本を探すのは一苦労だなと考えながら棚の間をさまよった。

 長門の姿を探すと、かべぎわのやたらでかくて分厚い本が立ち並んでいる棚の前でダンベルの代わりになりそうな本を立ち読みしていた。厚モノ好きだな、ほんと。

 スポーツ紙を広げてふんぞり返っていたオッサンがソファをはなれたのを見つけて、俺は適当に選んだノベルス本をかかえて空いたスペースにすべり込んだ。

 読む気もない本を読むのはさすがにノレず、またたく間に俺はすいとのたたかいをなくされ、敵のあつとう的な波状こうげきにあっさりかんらく、俺はすみやかにねむりに落ちた。

 しりポケットがしんどうした。

「おわ?」

 飛び起きる。周囲の客がめいわくそうに俺を見て俺はここが図書館であることを思い出した。ヨダレをぬぐいつつ俺は館外に小走りで出た。

 バイブレータ機能をいかんなく発揮していたけいたい電話を耳に当てる。

『何やってんのこのバカ!』

 金切り声がまくをつんざいた。おかげで頭がはっきりする。

『今何時だと思ってんのよ!』

「すまん、今起きたとこなんだ」

『はあ? このアホンダラゲ!』

 お前だけにはアホとは言われたくないな。

 うで時計を見ると四時半を回っている。四時集合だったっけ。

『とっとと戻りなさいよ! 三十秒以内にね!』

 無茶言うな。

 乱暴に切られた携帯電話をポケットに戻して図書館に戻る。長門は簡単に見つかった。最初に見かけた棚の前を動かずに百科事典みたいな本を読みふけっていたからである。

 そこからが一苦労だった。ゆかに根を生やしたように動かない長門をその場から移動させるには、カウンターに行って長門の貸し出しカードを作ってその本を借りてやるまでの時間が必要で、その間にかかりまくってくるハルヒからの電話を俺はすべて無視した。

 何だか難しい名前の外国人が著者のてつがく書を大切そうに抱える長門をかして駅前に戻って来た俺たちを、三人は三者三様の反応でむかえてくれた。

 朝比奈さんはつかれ切った顔でため息混じりに微笑ほほえんで、古泉のろうはオーバーアクションでかたをすくめ、ハルヒはタバスコを一気飲みしたような顔で、

こくばつきん」と言った。

 またおごりかよ。



 結局のところ、成果もへったくれもあるはずがなく、いたずらに時間と金をにしただけでこの日の野外活動は終わった。

「疲れました。涼宮さん、ものすごい早足でどんどん歩いていくんだもの。ついて行くのがやっと」

 別れ際に朝比奈さんが言って息をついた。それからびして俺の耳元にくちびるを近づけ、

「今日は話を聞いてくれてありがとう」

 すぐに後ろに下がって照れて笑う。未来人ってのはみなこんなにゆうに笑うものなのかね。

 じゃ、と可愛かわいしやくして朝比奈さんは立ち去った。古泉が俺の肩を軽くたたき、

「なかなか楽しかったですよ。いや、期待にたがわず面白い人ですね、涼宮さんは。あなたといつしよに行動出来なかったのは心残りですが、またいずれ」

 いやになるほどさわやかなみを残して古泉も退去、長門はとうの昔に姿を消していた。

 一人残ったハルヒが俺をにらみつけ、

「あんた今日、いったい何をしてたの?」

「さあ。いったい何をしてたんだろうな」

「そんなことじゃダメじゃない!」

 本気でおこっているようだった。

「そう言うお前はどうなんだよ。何か面白いもんでも発見出来たのか?」

 うぐ、とまってハルヒは下唇をかんだ。放っとくとそのまま唇をみやぶらんばかりである。

「ま、一日やそこらで発見出来るほど、相手も無防備じゃないだろ」

 フォローを入れる俺をジロリという感じで見て、ハルヒはつんと横を向いた。

明後日あさつて、学校で。反省会しなきゃね」

 きびすを返し、それっきりり返ることもなくあっと言う間に人混みにまぎれていく。

 俺も帰らせてもらおうかと銀行の前まで行けば、自転車がなかった。かわりに「不法ちゆうりんの自転車はてつきよしました」と書かれたプレートが近くの電柱にかかっていた。

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