第四章②

 マジ、デートじゃないのよ、遊んでたら後で殺すわよ、と言い残してハルヒは古泉と長門を従えて立ち去った。駅を中心にしてハルヒチームは東、俺と朝比奈さんが西をたんさくすることになっていた。何が探索だ。

「どうします?」

 両手でポーチを持って三人の後ろ姿を見送っていた朝比奈さんが俺を見上げた。このまま持って帰りたい。俺は考えるフリをして、

「うーん。まあここに立っててもしょうがないから、どっかブラブラしてましょうか」

「はい」

 素直についてくる。ためらいがちに俺と並び、なにかのひようかたれ合ったりするとあわててはなれる仕草がういういしい。

 俺たちは近くを流れている川のせんじきを意味もなく北上しながら歩いていた。一ヶ月前ならまだ花も残っていただろう桜並木は、今はただしょぼくれたかわべりの道でしかない。

 散策にうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルとところどころですれちがう。俺たち二人だって知らない人が見れば仲むつまじいこいびと同士に見えるはずである。まさか自分たちでも解っていないものを探している変な二人組だとは思うまい。

「わたし、こんなふうに出歩くの初めてなんです」

 護岸工事された浅い川のせせらぎを眺めながら朝比奈さんがつぶやくように言った。

「こんなふうにとは?」

「……男の人と、二人で……」

「はなはだしく意外ですね。今までだれかと付き合ったことはないんですか?」

「ないんです」

 ふわふわのかみでそよ風が遊んでいる。鼻筋の通った横顔を俺は見つめた。

「えー、でも朝比奈さんなら付き合ってくれとか、しょっちゅう言われるでしょ」

「うん……」

 ずかしそうにうつむいて、

「ダメなんです。わたし、誰とも付き合うわけにはいかないの。少なくともこの……」

 言いかけてだまる。次の言葉を待っている間に三組のカップルがこの世に何一つなやみがないような足取りで俺たちの背後を通り過ぎた。

「キョンくん」

 みなを流れる木の葉の数でも数えようかと思っていた俺は、その声で我に返った。

 朝比奈さんが思いめたような表情で俺を見つめている。彼女は決然と、

「お話ししたいことがあります」

 鹿じかのようなひとみに決意があらわにかんでいた。


 桜の下のベンチに俺たちは並んで座る。しかし朝比奈さんはなかなか話し出そうとはしなかった。「どこから話せばいいのか」とか「わたし話ヘタだから」とか「信じてもらえないかもしれませんけど」とか、顔をせてプツプツ呟いた後、やっと彼女は言葉を句切るようにして話し始めた。

 手始めにこう言われた。

「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」


「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません。言いたくても言えないんです。過去人に未来のことを伝えるのは厳重に制限されていて、航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかからなくてはなりませんから。だから必要上のことを言おうとしても自動的にブロックがかかります。そのつもりで聞いて下さい」

 朝比奈さんは語った。

「時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです」

 最初からわからない。

「ええと、そうね。アニメーションを想像してみて。あれってまるで動いているように見えるけど、本体は一枚一枚えがかれた静止画でしかないですよね。時間もそれと同じで、デジタルな現象なの。パラパラマンガみたいなものと言ったほうが解りやすいかな」

「時間と時間との間には断絶があるの。それは限りなくゼロに近い断絶だけど。だから時間と時間には本質的に連続性がない」

「時間移動は積み重なった時間平面を三次元方向に移動すること。未来から来たわたしは、この時代の時間平面上では、パラパラマンガのちゆうに描かれた余計な絵みたいなもの」

「時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。何百ページもあるパラパラマンガの一部に余計な落書きをしても、ストーリーは変わらないでしょう?」

「時間はあの川みたいにアナログじゃないの。そのいつしゆんごとに時間平面が積み重なったデジタルな現象なの。解ってくれたかな」

 俺はこめかみを押さえるべきかどうか迷ってから、やっぱり押さえることにした。

 時間平面。デジタル。そんなことはわりかしどうでもいい。けど未来人って?

 朝比奈さんはサンダルきのつま先をながめながら、

「わたしがこの時間平面に来た理由はね……」

 二人の子供を連れた夫婦が俺たちの前にかげを落として歩いていく。

「三年前。大きな時間しんどうが検出されたの。ああうん、今の時間から数えて三年前ね。キョンくんや涼宮さんが中学生になったころの時代。調査するために過去に飛んだ我々はおどろいた。どうやってもそれ以上の過去にさかのぼることが出来なかったから」

 また三年前か。

「大きな時間の断層が時間平面と時間平面の間にあるんだろうってのが結論。でもどうしてその時代に限ってそれがあるのかは解らなかった。どうやらこれが原因らしいってことが解ったのはつい最近。……んん、これはわたしのいた未来での最近のことだけど」

「……何だったんです?」

 まさかアレが原因なんじゃないだろうな、という俺の願いは聞き届けられなかった。

「涼宮さん」

 朝比奈さんは、一番俺が聞きたくなかった言葉を言った。

「時間のゆがみの真ん中に彼女がいたの。どうしてそれが解ったのかはかないで。禁則こうに引っかかるから説明出来ないの。でも確かよ。過去への道をざしたのは涼宮さんなのよ」

「……ハルヒにそんなことが出来るとは思えないんですが……」

「わたしたちだって思わなかったし、本当のこと言えば、一人の人間が時間平面にかんしよう出来るなんていまだに解明出来ていないの。なぞなんです。涼宮さんも自分がそんなことしてるなんて全然自覚してない。自分が時間をわいきよくさせている時間震動の源だなんて考えてもいない。わたしは涼宮さんの近くで新しい時間の変異が起きないかどうかをかんするために送られた……ええと、ごろな言葉が見つからないけど、監視係みたいなもの」

「…………」と俺。

「信じてもらえないでしょうね。こんなこと」

「いや……でも何で俺にそんなことを言うんです?」

「あなたが涼宮さんに選ばれた人だから」

 朝比奈さんは上半身ごと俺のほうへと向き直って、

くわしくは言えない。禁則にかかるから。多分だけど、あなたは涼宮さんにとって重要な人。彼女の一挙手一投足にはすべて理由がある」

「長門や古泉は……」

「あの人たちはわたしと極めて近い存在です。まさか涼宮さんがこれだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど」

「朝比奈さんはあいつらが何者か知ってるんですか?」

「禁則事項です」

「ハルヒのすることを放っておいたらどうなるんですか」

「禁則事項です」

「て言うか、未来から来たんだったらこれからどうなるか解りそうなもんなんですけど」

「禁則事項です」

「ハルヒに直接言ったらどうなんです」

「禁則事項です」

「…………」

「ごめんなさい。言えないんです。特に今のわたしにはそんな権限がないの」

 申し訳なさそうに朝比奈さんは顔をくもらせ、

「信じなくてもいいの。ただ知っておいて欲しかったんです。あなたには」

 似たようなセリフを先日も聞いたな。人の気配がしない静かなマンションの一室で。

「ごめんね」

 だまりこくる俺にどういう感想をいだいたのか、朝比奈さんは切なそうに目をうるませた。

「急にこんなこと言って」

「それは別にいいんですが……」

 自分が宇宙人に作られた人造人間だとか言い出すやつがいたと思ったら今度は未来人の出現ですか。何をどうやったらそんなことが信じられるんだ? よかったら教えて欲しい。

 ベンチに手をついたひように朝比奈さんと手がれ合った。小指しかさわってないのに朝比奈さんは電流でも走ったみたいに大げさに手を引っ込めて、またうつむいた。

 俺たちは黙ってかわを見つめ続けていた。

 どれだけの時間が経過したことか。

「朝比奈さん」

「はい……?」

「全部、保留でいいですか。信じるとか信じないとかは全部わきに置いておいて保留ってことで」

「はい」

 朝比奈さんは微笑ほほえんだ。いいがおです。

「それでいいです。今は。今後もわたしとはつうに接して下さい。お願いします」

 朝比奈さんはベンチに三つ指をついて深々と頭を下げた。大げさな。

「一個だけ訊いていいですか?」

「何でしょう」

「あなたの本当のとしを教えて下さい」

「禁則事項です」

 彼女はイタズラっぽく笑った。

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