第四章②
マジ、デートじゃないのよ、遊んでたら後で殺すわよ、と言い残してハルヒは古泉と長門を従えて立ち去った。駅を中心にしてハルヒチームは東、俺と朝比奈さんが西を
「どうします?」
両手でポーチを持って三人の後ろ姿を見送っていた朝比奈さんが俺を見上げた。このまま持って帰りたい。俺は考えるフリをして、
「うーん。まあここに立っててもしょうがないから、どっかブラブラしてましょうか」
「はい」
素直についてくる。ためらいがちに俺と並び、なにかの
俺たちは近くを流れている川の
散策にうってつけの川沿いなので、家族連れやカップルとところどころですれ
「わたし、こんなふうに出歩くの初めてなんです」
護岸工事された浅い川のせせらぎを眺めながら朝比奈さんが
「こんなふうにとは?」
「……男の人と、二人で……」
「はなはだしく意外ですね。今まで
「ないんです」
ふわふわの
「えー、でも朝比奈さんなら付き合ってくれとか、しょっちゅう言われるでしょ」
「うん……」
「ダメなんです。わたし、誰とも付き合うわけにはいかないの。少なくともこの……」
言いかけて
「キョンくん」
朝比奈さんが思い
「お話ししたいことがあります」
桜の下のベンチに俺たちは並んで座る。しかし朝比奈さんはなかなか話し出そうとはしなかった。「どこから話せばいいのか」とか「わたし話ヘタだから」とか「信じてもらえないかもしれませんけど」とか、顔を
手始めにこう言われた。
「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」
「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません。言いたくても言えないんです。過去人に未来のことを伝えるのは厳重に制限されていて、航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかからなくてはなりませんから。だから必要上のことを言おうとしても自動的にブロックがかかります。そのつもりで聞いて下さい」
朝比奈さんは語った。
「時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです」
最初から
「ええと、そうね。アニメーションを想像してみて。あれってまるで動いているように見えるけど、本体は一枚一枚
「時間と時間との間には断絶があるの。それは限りなくゼロに近い断絶だけど。だから時間と時間には本質的に連続性がない」
「時間移動は積み重なった時間平面を三次元方向に移動すること。未来から来たわたしは、この時代の時間平面上では、パラパラマンガの
「時間は連続してないから、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。この時間平面上のことだけで終わってしまう。何百ページもあるパラパラマンガの一部に余計な落書きをしても、ストーリーは変わらないでしょう?」
「時間はあの川みたいにアナログじゃないの。その
俺はこめかみを押さえるべきかどうか迷ってから、やっぱり押さえることにした。
時間平面。デジタル。そんなことはわりかしどうでもいい。けど未来人って?
朝比奈さんはサンダル
「わたしがこの時間平面に来た理由はね……」
二人の子供を連れた夫婦が俺たちの前に
「三年前。大きな時間
また三年前か。
「大きな時間の断層が時間平面と時間平面の間にあるんだろうってのが結論。でもどうしてその時代に限ってそれがあるのかは解らなかった。どうやらこれが原因らしいってことが解ったのはつい最近。……んん、これはわたしのいた未来での最近のことだけど」
「……何だったんです?」
まさかアレが原因なんじゃないだろうな、という俺の願いは聞き届けられなかった。
「涼宮さん」
朝比奈さんは、一番俺が聞きたくなかった言葉を言った。
「時間の
「……ハルヒにそんなことが出来るとは思えないんですが……」
「わたしたちだって思わなかったし、本当のこと言えば、一人の人間が時間平面に
「…………」と俺。
「信じてもらえないでしょうね。こんなこと」
「いや……でも何で俺にそんなことを言うんです?」
「あなたが涼宮さんに選ばれた人だから」
朝比奈さんは上半身ごと俺のほうへと向き直って、
「
「長門や古泉は……」
「あの人たちはわたしと極めて近い存在です。まさか涼宮さんがこれだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど」
「朝比奈さんはあいつらが何者か知ってるんですか?」
「禁則事項です」
「ハルヒのすることを放っておいたらどうなるんですか」
「禁則事項です」
「て言うか、未来から来たんだったらこれからどうなるか解りそうなもんなんですけど」
「禁則事項です」
「ハルヒに直接言ったらどうなんです」
「禁則事項です」
「…………」
「ごめんなさい。言えないんです。特に今のわたしにはそんな権限がないの」
申し訳なさそうに朝比奈さんは顔を
「信じなくてもいいの。ただ知っておいて欲しかったんです。あなたには」
似たようなセリフを先日も聞いたな。人の気配がしない静かなマンションの一室で。
「ごめんね」
「急にこんなこと言って」
「それは別にいいんですが……」
自分が宇宙人に作られた人造人間だとか言い出す
ベンチに手をついた
俺たちは黙って
どれだけの時間が経過したことか。
「朝比奈さん」
「はい……?」
「全部、保留でいいですか。信じるとか信じないとかは全部
「はい」
朝比奈さんは
「それでいいです。今は。今後もわたしとは
朝比奈さんはベンチに三つ指をついて深々と頭を下げた。大げさな。
「一個だけ訊いていいですか?」
「何でしょう」
「あなたの本当の
「禁則事項です」
彼女はイタズラっぽく笑った。
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