第三章④

「涼宮ハルヒとわたしはつうの人間じゃない」

 いきなりみようなことを言い出した。

「なんとなく普通じゃないのは解るけどさ」

「そうじゃない」

 ひざの上でそろえた指先を見ながら長門。

「性格にへん的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通りじゆんすいな意味で、彼女とわたしはあなたのような大多数の人間と同じとは言えない」

 意味が解らん。

「この銀河をとうかつする情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし」

「……」

「わたしの仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること」

「……」

「生み出されてから三年間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は特別な不確定要素がなく、いたってへいおん。でも、最近になって無視出来ないイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現れた」

「……」

「それが、あなた」



 情報統合思念体。

 銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たないちよう高度な知性を持つ情報生命体である。

 それは最初から情報として生まれ、情報を寄り合わせて意識を生み出し、情報を取り込むことによって進化してきた。

 実体を持たず、ただ情報としてだけ存在するそれは、いかなる光学的手段でも観測することは不可能である。

 宇宙かいびやくとほぼ同時に存在したそれは、宇宙のぼうちようとともに拡大し、情報系を広げ、きよだい化しつつ発展してきた。

 地球、いや太陽系が形成されるはるか前から全宇宙を知覚していたそれにとって、銀河の辺境に位置する大してめずらしくもないこの星系に特別な価値などなかった。有機生命体が発生するわくせいはそのほかにも数限りなくあったからだ。

 しかしその第三惑星で進化した二足歩行動物に知性と呼ぶべきさく能力が芽生えたことにより、現住生命体が地球としようするその酸化型惑星の重要度はランクアップを果たした。


「情報の集積と伝達速度に絶対的な限界のある有機生命体に知性が発現することなんてありえないと思われていたから」

 長門有希はな顔で言った。

「統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかしたら自分たちがおちいっている自律進化のへいそく状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」


 発生段階から完全な形で存在していた情報生命体とちがい、人類は不完全な有機生命体として出発しながら急速な自律進化をげていった。保有する情報量を増大させ、また新たな情報を創造し、加工し、ちくせきする。

 宇宙にへんざいする有機生命体に意識が生ずるのはありふれた現象だったが、高次の知性を持つまでに進化した例は地球人類がゆいいつであった。情報統合思念体は注意深く、かつ綿密に観測を続けた。


「そして三年前。惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。きゆうじようれつとうの一地域からふんしゆつした情報ばくはつまたたく間に惑星全土をおおい、惑星外空間に拡散した。その中心にいたのが涼宮ハルヒ」


 原因も効果も何一つわからない。情報生命体である彼等にもその情報をぶんせきすることは不可能だった。それは意味をなさない単なるジャンク情報にしか見えなかった。

 重要なのは、有機生命としての制約上、限定された情報しかあつかえないはずの地球人類の、そのうちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒから情報のほんりゆうが発生したことだ。

 涼宮ハルヒから発せられる情報の奔流はそれからもかんけつ的にけいぞくし、またまったくのランダムにそれはおこなわれる。そして涼宮ハルヒ本人はそのことを意識していない。

 この三年間、あらゆる角度から涼宮ハルヒという固体に対し調査がなされたが、今もってその正体は不明である。しかし情報統合思念体の一部は、彼女こそ人類の、ひいては情報生命体である自分たちに自律進化のきっかけをあたえる存在として涼宮ハルヒのかいせきをおこなっている……。


「情報生命体である彼等は有機生命体と直接的にコミュニケート出来ない。言語を持たないから。人間は言葉をきにしてがいねんを伝達するすべを持たない。だから情報統合思念体はわたしのような人間用のインターフェースを作った。統合思念体はわたしを通して人間とコンタクト出来る」

 やっと長門は自分の湯飲みに口を付けた。一年分くらいの量をしやべってのどがかれたのかもしれない。

「……」

 俺は二の句がつげない。

「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼女には自分の都合の良いように周囲のかんきよう情報を操作する力がある。それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」

「待ってくれ」

 混乱したまま俺は言う。

「正直言おう。お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり解らない」

「信じて」

 長門は見たこともないほどしんな顔で、

「言語で伝えられる情報には限りがある。わたしは単なるたんまつ、対人間用の有機インターフェースにすぎない。統合思念体の思考を完全に伝達するにはわたしの処理能力ではまかなえない。理解して欲しい」

 んなこと言われても。

「何で俺なんだ。お前がそのナントカ体のインターフェースだってのを信用したとして、それで何故なぜ俺に正体を明かすんだ?」

「あなたは涼宮ハルヒに選ばれた。涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思を絶対的な情報として環境にえいきようおよぼす。あなたが選ばれたのは必ず理由がある」

「ねーよ」

「ある。多分、あなたは涼宮ハルヒにとってのかぎ。あなたと涼宮ハルヒが、すべての可能性をにぎっている」

「本気で言ってるのか?」

「もちろん」

 俺は今までになくマジマジと長門有希の顔を直視した。度をえた無口なやつがやっと喋るようになったかと思ったら、延々と電波なことを言いやがった。変な奴だとは思っていたが、ここまで変だとは想像外だった。

 情報統合思念体? ヒューマノイド・インターフェース?

 アホか。

「あのな、そんな話ならチョクでハルヒに言ったほうが喜ばれると思うぞ。はっきり言うが、俺はその手の話題にはついていけないんだ。悪いがな」

「統合思念体の意識の大部分は、涼宮ハルヒが自分の存在価値と能力を自覚してしまうと予測出来ない危険を生む可能性があると認識している。今はまだ様子を見るべき」

「俺が聞いたままをハルヒに伝えるかもしれないじゃないか。だからなぜ、俺にそんなことを言うんだよ」

「あなたが彼女に言ったとしても彼女はあなたがもたらした情報を重視したりしない」

 確かにそうかもしれない。

「情報統合思念体が地球に置いているインターフェースはわたし一つではない。統合思念体の意識には積極的な動きを起こして情報の変動を観測しようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機がせまるとしたらまずあなた」

 付き合いきれん。

 俺はそろそろおいとまさせていただくことにした。お茶美味うまかったよ。ごちそうさん。

 長門は止めなかった。

 視線を湯飲みに落としたまま、いつもの無表情にもどっている。ちょっとばかしさびしげに見えたのは俺のさつかくだろう。



 どこへ行っていたのかという母親の誰何すいかに生返事をして俺は自室に戻った。ベッドに横になって長門の長ゼリフをはんすうする。

 あいつの言ったことをそのまま信用すると、ようするに長門有希は人類以外の、地球外生命体ってことになる。早い話、宇宙人だ。

 涼宮ハルヒがあれほど熱望し、追い求めている不思議的な存在だ。

 それがこんな身近にいたとは、とうだいもと暗しとはこれを指して言うべきだ。

 ……はっはっは。バカらしい。

 投げ出した状態で転がっていた厚手の小説本が視界のスミに映った。しおりとともに拾い上げて、しばらくぎようぎようしいイラストの表紙をながめてまくらもとに置いた。

 一人っきりのマンションでこんなSF本を読んでばっかりいるから、長門もけったいなもうそうに頭を支配されるんだ。どうせ教室でもだれとも話さず自分のからに閉じこもっているにちがいない。本なんか捨てて、表層だけの付き合いでもいいから友達を作って、つうに学園生活を楽しめばいいのだ。あの無表情が悪い。笑えばあいつだってかなり可愛かわいいと思うのに。

 この本も明日き返そうか……。まあ、せっかくだし読んでみるのもいいかな。

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