第三章②

 全世界が停止したかと思われた。

 というのはうそで、俺は単に「やっぱりか」と思っただけだった。しかし残りの三人はそうもいかなかったようだ。

 朝比奈さんは完全にこうしていた。目と口で三つの丸を作ってハルヒのハイビスカスのような笑顔を見つめたまま動かない。動かないのは長門有希も同様で、首をハルヒへと向けた状態で電池切れを起こしたみたいに止まっている。ほんのわずかだけ、目が見開かれているのに気付いて俺は意外に思う。さすがの無感動女もこれには意表をつかれたか。

 最後に古泉一樹だが、しようなのか苦笑なのか驚きなのか判別しにくい表情でっ立っていた。古泉は誰よりも先に我に返り、

「はあ、なるほど」

 と何かをさとったような口ぶりでつぶやいて、朝比奈さんと長門有希をこうに眺め、訳知り顔でうなずいた。

「さすがは涼宮さんですね」

 意味不明な感想を言って、

「いいでしょう。入ります。今後とも、どうぞよろしく」

 白い歯を見せて微笑んだ。

 おおい、あんな説明でいいのかよ。本当に聞いていたのか?

 首をひねる俺の目の前に、ぬっと手が差し出された。

「古泉です。転校してきたばかりで教えていただくことばかりとは思いますが、なにとぞ教示願います」

 バカていねいな定型句を口にする古泉の手をにぎりかえす。

「ああ、俺は……」

「そいつはキョン」

 ハルヒが勝手に俺を紹介し、次いで「あっちの可愛かわいいのがみくるちゃんで、そっちの眼鏡めがねが有希」と二人を指さして、すべてを終えた顔をした。

 ごん。

 にぶい音がした。あわてて立ち上がろうとした朝比奈さんがパイプに足を取られて前のめりにつまずき、オセロ盤に額を打ち付けた音である。

「だいじょうぶですか?」

 声をかけた古泉に朝比奈さんは首り人形のような反応を見せて、その転校生をまぶしげな目で見上げた。む。なんか気に入らない目つきだぞ、それは。

「……はい」

 しやべってるみたいな小さな声でこたえつつ朝比奈さんは古泉をずかしそうに見ている。

「そういうわけで五人そろったことだし、これで学校としても文句はないわよねえ」

 ハルヒが何か言ってる。

「いえー、SOS団、いよいよベールをぐ時が来たわよ。みんな、一丸となってがんばっていきまっしょー!」

 何がベールだ。

 ふと気付くと長門はまた定位置にもどってハードカバーの続きにちようせんしている。勝手にメンバーに入れられちまってるけど、いいのか、お前。



 学校を案内してあげると言ってハルヒが古泉を連れ出し、朝比奈さんが用事があるからと帰ってしまったので、部室には俺と長門有希だけが残された。

 いまさらオセロをする気にもなれず、長門の読書シーンを観察していてもおもしろくも何ともなく、だから俺もさっさと帰ることにした。かばんげる。長門に一声、

「じゃあな」

「本読んだ?」

 足が止まる。長門有希のくらやみ色をした目が俺をいていた。

 本。というと、いつぞや俺に貸した異様に厚いハードカバーのことか?

「そう」

「いや、まだだけど……返した方がいいか?」

「返さなくていい」

 長門のセリフはいつもたんてきだ。一文節内で収まる。

「今日読んで」

 長門はどうでもよさそうに言った。

「帰ったらすぐ」

 どうでもよさそうなのに命令調である。

 ここんとこ国語の教科書にってる以外の小説なんて読んでもいないけど、そこまで言うからには他人にすいせんしたくなるほどの面白さなのだろう。

「……わかったよ」

 俺が応えると長門はまた自分の読書に戻った。



 そして俺は今、ゆうやみの中を必死で自転車をこいでいた。


 長門と別れて自宅に戻った俺は、晩飯食ったりしてダラダラしたのち、自室で借りたと言うより押しつけられた洋モノのSF小説をひもくことにした。上下段にみっちりまった活字の海に眩暈めまいを感じながら、こんなの読めるのかよとパラパラめくっていたら、半ばくらいにはさんであったしおりじゆうたんに落ちた。

 花のイラストがプリントしてあるファンシーな栞だ。何の気なしに裏返してみて、俺はそこに手書きの文字を発見した。


『午後七時。こうようえん駅前公園にて待つ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る