第二章⑩

 待望の転校生がやって来た。

 朝のホームルーム前のわずかな時間に俺はそれをハルヒから聞かされた。

「すごいと思わない? 本当に来たわよ!」

 欲しがっていたオモチャを念願かなって買ってもらえたようえんのような飛びっきりのがおでハルヒは机から身を乗り出していた。

 いったいどこで聞きつけたのか知らないが、その転校生は今日から一年九組に転入するのだと言う。

「またとないチャンスね。同じクラスじゃないのは残念だけど謎の転校生よ。間違いない」

 会ってもないのにどうして謎だと解る。

「前にも言ったじゃないの。こんなちゆうはんな時期に転校してくる生徒は、もう高確率で謎の転校生なのよ!」

 その統計はいつ誰がどうやって取ったんだ? そっちのほうが謎だ。

 五月のちゆうじゆんに転校することになった学生がすべからく謎的存在なのだとしたら、日本全国には謎の転校生がたくさんいるんじゃないかと思うぞ。

 しかし独自の涼宮ハルヒ理論はそんなへん的な常識論のついずいを許可したりはしないのである。一限がしゆうりようすると同時にハルヒはすっ飛んで行った。謎の転校生にお目通りしに九組へと向かったのだろう。

 果たしてチャイムギリギリ、ハルヒは何やら複雑な顔つきでもどってきた。

「謎っぽかったか?」

「うーん……あんまり謎な感じはしなかったなあ」

 当たり前だ。

「ちょっと話してみたけど、でもまだ情報不足ね。普通人の仮面をかぶっているだけかもしれないし、どっちかって言うとその可能性のほうが高いわ。転校初日から正体を現す転校生もいないだろうし。次の休み時間にもじんもんしてみる」

 尋問ねえ。九組のやつらもおどろいただろう。俺は想像する。自分からだれかに話しかけるなどほぼかいのハルヒが、いきなり自分たちの教室にみ込んで手近な奴を捕まえ「転校生はどいつ?」とかいて答えを聞くや否やそっちへととつしんし、おそらく親交を深めるべくだんらん中の会話の輪へと突進し、その輪を突きくずして中心部へしんにゆう、驚く転校生にめ寄って「どこから来たの? あんた何者?」などときつもんする様を。

 ふと思いつく。

「男? 女?」

「変装してる可能性もあるけど、一応、男に見えたわね」

 じゃあ男なんだろ。

 てことは、SOS団にやっと俺以外の男子生徒が増えるということでもある。その男子は、ただ転校してきたというだけの理由で、を言わせず入団させられるのだ。しかしそいつが俺や朝比奈さんのようなお人好しとは限らない。そう上手くことが運ぶものだろうか。いくらハルヒがごういんきわまろうとも、もっと意思の強い人間ならばきよしおおせるのではないだろうか。

 員数がそろってしまえば本当に「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」なるバカげた同好会を作らんといかんようになるではないか。学校サイドが認めるかどうかはさておいて、そのために走り回ることになるのは十中八九、俺であろう。そして俺は「涼宮ハルヒの手下」というしようごうを手に入れてこの三年間を後ろ指差されて過ごすことになるのである。

 卒業後のことを具体的に考えているわけではないがばくぜんと大学には行きたいので、あまりないしんひびくような行動はつつしみたいのだが、ハルヒといる限りその望みはかないそうもない。

 どうしたものだろう。


 どうもこうもない。

 俺はめにしてでもハルヒを制止してSOS団を解散させるべきだったのだ。

 それからハルヒをこんこんと説得し、まともな高校生活を送らせるべきだったのだ。

 宇宙人や未来人やちようのうりよく者なんざ、まるっと無視して適当な男を見つけてれんあいに精を出したり運動部で身体からだを動かしたり、そういうふうなぼんようたる一生徒として三年間を過ごさせるべきだったのだ。

 そう出来たらどんなに良かっただろう。

 俺にもっと絶対的な意思力と行動力があれば、涼宮ハルヒという急流に流されるままみような海へ泳ぎ着くこともなかっただろう。なべて世はこともなく、俺たちは普通に三年間を過ごして普通に卒業したにちがいない。

 ……多分な。

 今、俺がこんなことを言うのも、つまり全然普通でないことが実際に俺の身の上に降りかかったからであるのは、この話の流れからして、もうおわかりだろう。

 どこから話そうか。

 まずその転校生が部室に来たあたりからかな。

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