第二章⑥

 たおれ込むようにに背を投げ出した部長に他の部員たちがけ寄った。

「部長!」

「しっかりしてください!」

「気を確かに!」

 糸の切れたマリオネットの動きで部長は首をうなだれた。ハルヒの片棒をかついでいる俺ではあるのだが、同情を禁じ得ない。

「最新機種はどれ?」

 どこまでもれいてつな女である。

「なんでそんなことを教えなくちゃいけないんだよ」

 おこる部員の言葉もなんのその、ハルヒは無言で俺が持つカメラを指さした。

「くそ! それだよ!」

 そいつが指したタワー型のメーカー名と型番をのぞき込みつつハルヒはスカートのポケットから紙切れを取り出した。

「昨日、パソコンショップに寄って店員にここ最近出た機種を一覧にしてもらったのよねえ。これはってないみたいだけど?」

 あまりのしゆうとうさにりつぜんとするね。

 ハルヒはテーブルをぬって確認して回り、その中の一台を指名した。

「これちょうだい」

「待ってくれ! それは先月こうにゆうしたばかりの……!」

「カメラカメラ」

「……持ってけ! どろぼう!」

 まさしく泥棒だ。返す言葉もない。

 ハルヒの要求はとどまるところを知らない。各ケーブルを引っこ抜かせたハルヒはディスプレイから何からいっさいがっさいを文芸部室に運ばせたあげく配線し直すように求め、さらにインターネットを使用出来るようにLANケーブルを二つの部屋の間に引かせ、ついで学校のドメインからネットに接続出来るようにすることを申しつけ、そのすべてをコンピュータ研部員にやらせた。ぬすつたけだけしいとはこのことだろう。

「朝比奈さん」

 すっかり手持ちぶさたになってしまった俺は両手で顔をおおってうずくまる小さな身体からだに、

「とりあえず帰りましょう」

「ぅぅぅぅ……」

 しくしく泣いている朝比奈さんをかいえして立たせた。自分の胸をにぎらせたらよかったのにな、ハルヒも。男の目の前でも平気でえをするあいつなら、んなこととも思わないだろうに。泣きやまない朝比奈さんをなだめながら、パソコンを使って何をするつもりなのかと俺は考えた。

 まあ、ほどなく明らかになったのだが。



 SOS団のウェブサイト立ち上げ。

 ハルヒはそれがしたかったようだ。で、だれが作るんだ? そのウェブサイトとやらを。

「あんた」

 と、ハルヒは言った。

「どうせヒマでしょ。やりなさいよ。あたしは残りの部員を探さなきゃいけないし」

 パソコンは「団長」とめい打たれたさんかくすい付きの机に置かれていた。ハルヒはマウスを操ってネットサーフィンしながら、

「一両日中によろしくね。まずサイトが出来ないことには活動しようがないし」

 我関せずとばかりに本を読む長門有希の横で朝比奈さんはテーブルにしてかたふるわせていた。ハルヒの言葉を聞いているのは、どうやら俺だけであり、ハルヒのたくせんを聞いた以上は俺がそれをしないといけないようなのである。少なくともハルヒがそう思っているのはちがいない。

「そんなこと言われてもなあ」

 言いながらも俺はけっこう乗り気だった。いやいや、ハルヒの命令口調に慣れてきたからじゃないぜ。サイト作りさ。やったことないけど、なんかおもしろそうじゃないか。

 つまりそういうわけで、次の日から俺のサイト作成奮戦記が始まった。



 とは言え、奮戦することもそうそうなかった。さすがコンピュータ研究部、あらかたのアプリケーションはすでにハードディスク内に収まっており、サイトの作成もテンプレートに従ってちょこっと切ったりったりすればよかったからだ。

 問題はそこに何を書くかである。

 なんせ俺はSOS団が何を活動理念とした団体なのかいまだに知らないのだ。知らない活動理念について書けるはずもなく、トップページに「SOS団のサイトにようこそ!」と書いた画像データを貼り付けた段階で俺の指はハタと止まった。いいから作れ早く作れとハルヒがじゆもんのように耳元で言い続けるのがやかましいので、こうして昼休みに弁当食いながらマウスを握りしめている俺だった。

「長門、何か書きたいことあるか?」

 昼休みにまで部室に来て本を読んでいる長門有希にいてみた。

「何も」

 顔も上げやしない。どうでもいいがこいつはちゃんと授業に出てるんだろうな。

 長門有希の眼鏡めがね顔から十七インチモニタに目をもどし、俺は再び考え込んだ。

 もう一つ問題がある。正式に認可を受けていない同好会以下のあやしげな団のサイトを、学校のアドレスで作ってしまっていいものなのだろうか。

 バレなきゃいいのよ、とはハルヒの弁。バレたらバレたでっときゃいいのよ、こんなもんはね、やったもん勝ちなのよ!

 この楽観的で、ある意味前向きな性格はちょっとだけだがうらやましい。

 適当に拾ってきたフリーCGIのアクセスカウンタを取り付け、メールアドレスをさいして、──けいばんしようそうだろう──タイトルページのみでコンテンツかいというき以前のホームページをアップロードした。

 こんなんでいいだろ。

 ネット上でちゃんと表示されていることを確認して俺はアプリを次々消してパソコンをしゆうりようさせ、大きくびをしようとして、長門有希が背後にいることに気付いて飛び上がった。

 気配ってもんがないのか。いつの間にか俺の後ろを取っていた長門の能面のような白い顔。わざとやっても出来そうにない見事な無表情で長門は俺を視力検査表でも見るような目で見つめていた。

「これ」

 分厚い本を差し出した。反射的に受け取る。ずしりと重い。表紙は何日か前に長門が読んでいた海外SFのものだった。

「貸すから」

 長門は短く言い残すと俺にはんばくするヒマをあたえることなく部屋を出て行った。こんな厚い本を貸されても。一人取り残されていた俺の耳に、昼休みがもうすぐ終わることを告げるれいが届いた。どうも俺の周りには俺の意見を聞こうとするやつが少ないみたいだな。

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