第二章④

 目を丸くする朝比奈さんに、俺はハルヒに代わって言ってあげた。

「ここの部室は一時的に借りてるだけです。あなたが入らされようとしてるのは、そこの涼宮がこれから作る活動内容未定でめいしよう不明の同好会ですよ」

「……えっ……」

「ちなみにあっちで座って本読んでるのが本当の文芸部員です」

「はあ……」

 愛くるしい唇をポカンと開ける朝比奈さんはそれきり言葉を失った。無理もあるまい。

「だいじょうぶ!」

 無責任なまでの明るいがおでハルヒは朝比奈さんの小さいかたをどやしつけた。

「名前なら、たった今、考えたから」

「……言ってみろ」

 期待値ゼロの俺の声が部室にひびく。出来ればあまり聞きたくない。そんな俺の思いなどとんちやくするはずもない涼宮ハルヒは声高らかに命名のたけびを上げたのだった。



 お知らせしよう。何のきよくせつもなく単なるハルヒの思いつきにより、新しくほつそくするクラブの名は今ここに決定した。

 SOS団。

 世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。

 略してSOS団である。

 そこ、笑っていいぞ。

 俺は笑う前にあきれたけどな。

 なぜに団かと言うと、本来なら「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの同好会」とすべきなんだろうが、なにしろまだ同好会のていすらたっていない上に、何をする集団なのかも解らないのである。「それだったら、団でいいじゃない」という意味不明なハルヒのヒトコトによりめでたくそのように決まった。

 朝比奈さんはあきらめきったように口をざし、長門有希は部外者であり、俺は何を言う気にもなれなかったため、賛成一、けん三で「SOS団」はめでたく発足の運びとなった。


 好きにしろよ、もう。


 毎日放課後ここに集合ね、とハルヒが全員に言いわたして、この日は解散となった。肩を落としてトボトボろうを歩いている朝比奈さんの後ろ姿があまりにあわれをもよおしたので、

「朝比奈さん」

「何ですか」

 年上にまったく見えない朝比奈さんは純真そのもののな顔をかたむけた。

「別に入んなくていいですよ、あんな変な団に。あいつのことなら気にしないで下さい。俺が後から言っときますから」

「いえ」

 立ち止まって、彼女はわずかに目を細めた。笑みの形のくちびるから綿毛のような声が、

「いいんです。入ります、あたし」

「でも多分、ろくなことになりませんよ」

「大丈夫です。あなたもいるんでしょう?」

 そういや俺は何でいるんだろうな。

「おそらく、これがこの時間平面上の必然なのでしょうね……」

 つぶらと表現するしかない彼女の目が遠くのほうを見た。

「へ?」

「それに長門さんがいるのも気になるし……」

「気になる?」

「え、や、何でもないです」

 朝比奈さんはあわてた感じで首をぶんぶんった。ふわふわのかみの毛がふわふわとれる。

 そして朝比奈さんは照れ笑いをしながら深々とこしを折った。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「まあ、そう言われるんでしたら……」

「それからあたしのことでしたら、どうぞ、みくるちゃんとお呼び下さい」

 にっこりと微笑ほほえむ。

 うーん、眩暈めまいを覚えるほど可愛かわいい。



 ある日のハルヒと俺の会話。

「あと必要なのは何だと思う?」

「さあな」

「やっぱりなぞの転校生は押さえておきたいと思うわよね」

「謎の定義を教えて欲しいもんだ」

「新年度が始まって二ヶ月もってないのに、そんな時期に転校してくるやつじゆうぶん謎の資格があると思うでしょ、あんたも」

親父おやじが急な転勤になったとかじゃねえのか」

「いいえ、不自然だわ。そんなの」

「お前にとって自然とはなんなのか、俺はそれが知りたい」

「来ないもんかしらね、謎の転校生」

「ようするに俺の意見なんかどうでもいいんだな、お前は」



 どうもハルヒと俺が何かをくわだてているといううわさが流れているらしい。

「お前さあ、涼宮と何やってんの?」

 こんなこといてくるのは谷口に決まっている。

「まさか付き合いだしたんじゃねえよな?」

 断じてちがう。俺が一体全体何をやっているのか、それはこの俺自身が一番知りたい。

「ほどほどにしとけよ。中学じゃないんだ。グラウンドを使い物に出来なくなるようなことしたら悪けりゃ停学くらいにはなるぜ」

 ハルヒが一人でやるんであれば俺はそこまでめんどう見きれないがな。少なくとも、長門有希や朝比奈みくるさんに害がおよばないように注意はしておこう。こんなはいりよの出来る自分がちょっとほこらしい。

 暴走特急と化したハルヒを止める自信はあまりないけども。

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