第二章③

 テーブルに鞄を置いて余っていたパイプこしを下ろそうとしたとき、ばされたようにドアが開いた。

「やあごめんごめん! おくれちゃった! つかまえるのに手間取っちゃって!」

 片手を頭の上でかざしてハルヒが登場した。後ろに回されたもう一方の手が別の人間のうでをつかんでいて、どう見ても無理矢理連れてこられたとおぼしきその人物共々、ハルヒはズカズカ部屋に入ってなぜかドアにじようほどこした。ガチャリ、というその音に、不安げにふるえたがら身体からだの持ち主は、またしても少女だった。

 しかもまたすんげー美少女だった。

 これのどこが「適材な人間」なんだろうか。

「なんなんですかー?」

 その美少女も言った。気の毒なことに半泣き状態だ。

「ここどこですか、何であたし連れてこられたんですか、何で、かかかぎを閉めるんですか? いったい何を、」

「黙りなさい」

 ハルヒの押し殺した声に少女はビクッとして固まった。

しようかいするわ。あさみくるちゃんよ」

 それだけ言ったきり、ハルヒは黙り込んだ。もう紹介終わりかよ。

 名状しがたきまりな沈黙が部屋を支配した。ハルヒはすでに自分の役割を果たしたみたいな顔で立ってるし、長門有希は何一つ反応することなく読書を続けてるし、朝比奈みくるとかいうらしいなぞの美少女は今にも泣きそうな顔でおどおどしてるし、だれか何か言えよと思いながら俺はやむを得ず口を開いた。

「どこからして来たんだ?」

「拉致じゃなくて任意同行よ」

 似たようなもんだ。

「二年の教室でぼんやりしているところを捕まえたの。あたし、休み時間には校舎をすみずみまで歩くようにしてるから、何回か見かけてて覚えていたわけ」

 休み時間に絶対教室にいないと思ったらそんなことをしていたのか。いや、そんなことより、

「じゃ、この人は上級生じゃないか!」

「それがどうかしたの?」

 不思議そうな顔をしやがる。本当に何とも思っていないらしい。

「まあいい……。それはそれとして、ええと、朝比奈さんか。なんでまたこの人なんだ?」

「まあ見てごらんなさいよ」

 ハルヒは指を朝比奈みくるさんの鼻先にきつけ彼女の小さい肩をすくませて、

「めちゃめちゃ可愛かわいいでしょう」

 アブナイゆうかい犯のようなことを言い出した。と思ったら、

「あたしね、えってけっこう重要なことだと思うのよね」

「……すまん、何だって?」

「萌えよ萌え、いわゆる一つの萌え要素。基本的にね、何かおかしな事件が起こるような物語にはこういう萌えでロリっぽいキャラが一人はいるものなのよ!」

 思わず俺は朝比奈みくるさんを見た。小柄である。ついでに童顔である。なるほど、下手をすれば小学生とちがってしまいそうでもあった。みようにウェーブしたくりいろかみやわらかくえりもとかくし、子犬のようにこちらを見上げるうるんだひとみが守ってください光線を発しつつ半開きのくちびるからのぞく白磁の歯が小ぶりの顔にぜつみようなハーモニーをかもし出し、光る玉の付いたステッキでも持たせたらたちどころにじよにでも変身しそうな、って俺は何を言ってるんだろうね?

「それだけじゃないのよ!」

 ハルヒはまんげに微笑ほほえみながら朝比奈みくるさんなる上級生の背後に回り、後ろからいきなりきついた。

「わひゃああ!」

 さけぶ朝比奈さん。お構いなしにハルヒはセーラー服の上からものの胸をわしづかみ。

「どひぇええ!」

「ちっこいくせに、ほら、あたしより胸でかいのよ。ロリ顔できよにゆう、これも萌えの重要要素の一つなのよ!」

 知らん。

「あー、本当におっきいなー」

 しまいにハルヒはセーラー服の下から手を突っ込んでじかにみ始めた。おーい。

「なんか腹立ってきたわ。こんな可愛らしい顔して、あたしより大きいなんて!」

「たたたす助けてえ!」

 顔を真っ赤にして手足をバタつかせる朝比奈さんだが、いかんせん体格の差はいかんともしがたく、調子に乗ったハルヒが彼女のスカートをまくり上げかけたあたりで俺は朝比奈さんの背中にへばりついているかん女を引きはがした。

「アホかお前は」

「でも、めちゃデカイのよ。マジよ。あんたもさわってみる?」

 朝比奈さんは小さく、ひいっ、と悲鳴をらした。

えんりよしとく」

 そう言うしかあるまい。

 おどろくべきことに、この間、長門有希は一度も顔を上げることなく読書にふけり続けていた。こいつもどうかしている。

 それからふと気が付いて、

「すると何か、お前はこの……朝比奈さんが可愛くてがらで胸が大きかったからという理由なだけでここに連れてきたのか?」

「そうよ」

 真性のアホだ、こいつ。

「こういうマスコット的キャラも必要だと思って」

 思うな、そんなこと。

 朝比奈さんは乱れた制服をパタパタたたいて直し、うわづかいに俺をじっと見た。そんな目で見られても困る。

「みくるちゃん、あなたほかに何かクラブ活動してる?」

「あの……書道部に……」

「じゃあ、そこめて。我が部の活動のじやだから」

 どこまでも自分本位なハルヒだった。

 朝比奈さんは、飲む毒の種類は青酸カリがいいかストリキニーネがいいかとかれた殺人事件のがいしやのような顔でうつむき、救いを求めるようにもう一度俺を見上げ、次に長門有希の存在に初めて気付いてきようがくに目を見開き、しばらく視線を彷徨さまよわせてからトンボのため息ような声で「そっかー……」とつぶやいて、

わかりました」と言った。

 何が解ったんだろう。

「書道部は辞めてこっちに入部します……」

 可哀かわいそうなくらいにそうな声である。

「でも文芸部って何するところなのかよく知らなくて、」

「我が部は文芸部じゃないわよ」

 当たり前のように言うハルヒ。

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