第二章②

「文化系部の部室とうよ。美術部やすいそうがく部なら美術室や音楽室があるでしょ。そういう特別教室を持たないクラブや同好会の部室が集まってるのがこの部室棟。つうしよう、旧館。この部屋は文芸部」

「じゃあ、文芸部なんだろ」

「でも今年の春に三年が卒業して部員ゼロ、新たにだれかが入部しないと休部が決定していたゆいいつのクラブなのよ。で、このコが一年生の新入部員」

「てことは休部になってないじゃないか」

「似たようなもんよ。一人しかいないんだから」

 あきれたろうだ。こいつは部室を乗っ取る気だぞ。俺は折りたたみテーブルに本を開いて読書にふける文芸部一年生らしきその女の子に視線をった。

 眼鏡めがねをかけたかみの短い少女である。

 これだけハルヒがおおさわぎしているのに顔を上げようともしない。たまに動くのはページをる指先だけで残りの部分はどうだにせず、俺たちの存在をかんぺきに無視してのけている。これはこれで変な女だった。

 俺は声をひそめてハルヒにささやいた。

「あのはどうするんだよ」

「別にいいって言ってたわよ」

「本当かそりゃ?」

「昼休みに会ったときに。部室貸してって言ったら、どうぞって。本さえ読めればいいらしいわ。変わってると言えば変わってるわね」

 お前が言うな。

 俺はあらためてその変わり者の文芸部員を観察した。

 白いはだに感情の欠落した顔、機械のように動く指。ボブカットをさらに短くしたような髪がそれなりに整った顔をおおっている。出来れば眼鏡を外したところも見てみたい感じだ。どこか人形めいたふんが存在感をはくなものにしていた。身もふたもない言い方をすれば、早い話がいわゆる神秘的な無表情系ってやつ。

 しげしげとながめる俺の視線をどう思ったのか、その少女は予備動作なしでおもてを上げて眼鏡のツルを指で押さえた。

 レンズの奥からやみ色のひとみが俺を見つめる。その目にも、くちびるにも、まったく何の感情もかんでいない。無表情レベル、マックスだ。ハルヒのものとはちがって、最初から何の感情も持たないようなデフォルトの無表情である。

なが

 と彼女は言った。それが名前らしい。聞いた三秒後には忘れてしまいそうなへいたんで耳に残らない声だった。

 長門有希はまばたきを二回するあいだぶんくらい俺を注視すると、それきり興味を失ったようにまた読書にもどった。

「長門さんとやら」俺は言った。「こいつはこの部屋を何だかわからん部の部室にしようとしてんだぞ、それでもいいのか?」

「いい」

 長門有希はページから視線をはなさずに答える。

「いや、しかし、多分ものすごくめいわくをかけると思うぞ」

「別に」

「そのうち追い出されるかもしれんぞ?」

「どうぞ」

 そくとうしてくるのはいいが、まるで無感動な応答だな。心の底からどうでもいいと思っている様子である。

「ま、そういうことだから」

 ハルヒが割り込んできた。こっちの声はやたらにはずんでいる。なんとなく、あまりいい予感がしなかった。

「これから放課後、この部屋に集合ね。絶対来なさいよ。来ないとけいだから」

 桜満開の笑みで言われて、俺は不承不承ながらうなずいた。

 死刑はいやだったからな。



 こうして部室を間借りすることになったのはいいが、書類のほうはまだ手つかずである。だいたいめいしようも活動内容も決まっていないのだ。先にそれを決めてからにしろと言ったんだが、ハルヒにはまた別の考えがあるようだ。

「そんなもんはね、後からついてくるのよ!」

 ハルヒは高らかにのたまった。

「まずは部員よね。最低あと二人はいるわね」

 ってことはなんだ、あの文芸部員も頭数に入れてしまっているのか? 長門有希を部室に付属する備品か何かとかん違いしてるんじゃないか?

「安心して。すぐ集めるから。適材な人間の心当たりはあるの」

 何をどう安心すればいいのだろう。疑問は深まるばかりである。



 次の日、いつしよに帰ろうぜと言う谷口と国木田に断りを入れて俺は、しょうがない、部室へと足を運んだ。

 ハルヒは「先に行ってて!」とさけぶや陸上部が我が部にとかんゆうしたのも解るスタートダッシュで教室を飛び出した。足首にブースターでも付いているのかと思いたくなる勢いだ。おそらく新しい部員を確保しに行ったのだろう。とうとう宇宙人の知り合いでも出来たんだろうか。

 通学かばんかたに引っかけて俺は気乗りのしない足取りで文芸部に向かった。



 部室にはすでに長門有希がいて、昨日とまったく同じ姿勢で読書をしておりデジャブを感じさせた。俺が入ってもピクリともしないのも昨日と同じ。よく知らないのだが、文芸部ってのは本を読むクラブなのか?

 ちんもく

「……何を読んでんだ?」

 二人してだまりこくっているのにえかねて俺はそういてみた。長門有希は返事の代わりにハードカバーをひょいと持ち上げて背表紙を俺に見せる。すいみんやくみたいな名前のカタカナがゴシック体でおどっていた。SFか何かの小説らしい。

おもしろい?」

 長門有希は無気力な仕草で眼鏡めがねのブリッジに指をやって、無気力な声を発した。

「ユニーク」

 どうも訊かれたからとりあえず答えているみたいな感じである。

「どういうとこが?」

「ぜんぶ」

「本が好きなんだな」

「わりと」

「そうか……」

「……」

 沈黙。

 帰っていいかな、俺。

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