第一章⑤

「全部のクラブに入ってみたってのは本当なのか」

 あれ以来、ホームルーム前のわずかな時間にハルヒと話すのは日課になりつつあった。話しかけない限りハルヒは何のアクションも起こさない上、昨日のテレビドラマとか今日の天気とかいったハルヒ的「死ぬほどどうでもいい話」にはノーリアクションなので、話題には毎回気をつかう。

「どこかおもしろそうな部があったら教えてくれよ。参考にするからさ」

「ない」

 ハルヒはそくとうした。

「全然ない」

 押ししてハルヒはちようの羽ばたきのようないきを漏らした。ため息のつもりだろうか。

「高校に入れば少しはマシかと思ったけど、これじゃ義務教育時代と何も変わんないわね。入る学校ちがえたかしら」

 何を基準に学校選びをしているのだろう。

「運動系も文化系も本当にもうまったくつう。これだけあれば少しは変なクラブがあってもよさそうなのに」

 何をもって変だとか普通だとかを決定するんだ?

「あたしが気に入るようなクラブが変、そうでないのは全然普通、決まってるでしょ」

 そうかい、決まってるのかい。初めて知ったよ。

「ふん」

 そっぽを向き、この日の会話、しゆうりよう


 また別の日は、

「ちょいと小耳にはさんだんだけどな」

「どうせロクでもないことをでしょ」

「付き合う男全部ったって本当か?」

「何であんたにそんなこと言わなくちゃいけないのよ」

 肩にかかる黒髪をハラリとはらい、ハルヒは真っ黒なひとみで俺をにらみつけた。まったく、無表情でいないときはおこった顔ばっかりだな。

「出どころは谷口? 高校に来てまであのアホと同じクラスなんて、ひょっとしたらストーカーかしら、あいつ」

「それはない」と思う。

「何を聞いたか知らないけど、まあいいわ、多分全部本当だから」

「一人くらいまともに付き合おうとか思うやつがいなかったのか」

「全然ダメ」

 どうやらこいつのくちぐせは「全然」のようだ。

「どいつもこいつもアホらしいほどまともな奴だったわ。日曜日に駅前に待ち合わせ、行く場所は判で押したみたいに映画館か遊園地かスポーツ観戦、ファストフードで昼ご飯食べて、うろうろしてお茶飲んで、じゃあまた明日ね、ってそれしかないの?」

 それのどこが悪いのだと思ったが、口に出すのはやめておいた。ハルヒがダメだと言うからにはそれはすべからくダメなのだろうな。

「あと告白がほとんど電話だったのは何なの、あれ。そういう大事なことは面と向かって言いなさいよ!」

 虫でも見るような目つきを前にして重大な──少なくとも本人にとっては──打ち明けごとをする気になれなかっただろう男の気分をトレースしながら一応俺は同意しておいた。

「まあ、そうかな、俺ならどっかに呼び出して言うかな」

「そんなことはどうでもいいのよ!」

 どっちなんだよ。

「問題はね、くだらない男しかこの世に存在しないのかどうなのってことよ。ほんと中学時代はずうっとイライラしっぱなしだった」

 今もだろうが。

「じゃ、どんな男ならよかったんだ? やっぱりアレか、宇宙人か?」

「宇宙人、もしくはそれに準じる何かね。とにかく普通の人間でなければ男だろうが女だろうが」

 どうしてそんなに人間以外の存在にこだわるのだろう。俺がそう言うと、ハルヒはあからさまにバカを見る目をして言い放った。

「そっちのほうが面白いじゃないの!」

 それは……そうかもしれない。

 俺だってハルヒの意見にいなやはない。転校生の美少女が実は宇宙人と地球人のハーフであったりして欲しい。今、近くの席から俺とハルヒをチラチラうかがっているアホの谷口の正体が未来から来た調査員かなにかであったりしたらとてもおもしろいと思うし、やはりこっちを向いてなぜか微笑ほほえんでいる朝倉涼子がちようのうりよく者だったら学園生活はもうちょっと楽しくなると思う。

 だが。そんなことはまずあり得ない。宇宙人や未来人や超能力者がいるなんてことがあり得ないし、たとえいたとしてもホイホイ俺たちの前に登場することも、だいたい何の関係もない俺の前にやってきて「いやあワタクシ、その正体は宇宙人とかでして」と自己しようかいしてくれるわけねーだろ。

「だからよ!」

 ハルヒはたおしてさけんだ。教室にそろっていた全員が振り返る。

「だからあたしはこうしていつしようけんめい、」

おくれてすまない!」

 息せき切って明朗快活岡部体育教師がけ込んできて、こぶしにぎりしめて立ち上がった姿勢でてんじようにらんでいるハルヒとそのハルヒをいつせいに振り返って見ている一同を目にして、ギョッと立ちすくんだ。

「あー……ホームルーム、始めるぞ」

 すとんとハルヒはこしを下ろし、机の角を熱心にながめ始める。ふう。

 俺も前を向き、他の連中も前を向き、岡部きようはよたよたとだんじように登り、せきばらいを一つ。

「遅れてすまない。あー……ホームルーム、始めるぞ」

 最初から言い直し、いつもの日常が復活した。おそらくこんな日常こそがハルヒの最もむべきものなんだろうな。

 でも人生ってそんなもんだろ?

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