第一章④

 そんなこんなをしながら──もっとも、そんなこんなをしていたのはハルヒだけだったが──五月がやってくる。

 運命なんてものを俺はで生きたプレシオサウルスが発見される可能性よりも信じない。だが、もし運命が人間の知らないところで人生にえいきようを行使しているのだとしたら、俺の運命の輪はこのあたりで回り出したんだろうと思う。きっと、どこかはるか高みにいるだれかが俺の運命係数を勝手に書きえやがったにちがいない。

 ゴールデンウィークが明けた一日目。失われた曜日感覚と共に、まだ五月だってのに異様な陽気にさらされながら俺は学校へと続く果てしない坂道をあせみず垂らして歩いていた。地球はいったい何がやりたいんだろう。黄熱病にでもかかってるんじゃないか。

「よ、キョン」

 後ろからかたを叩かれた。谷口だった。

 ブレザーをだらしなく肩に引っかけ、ネクタイをよれよれに結んだニヤケづらで、

「ゴールデンウィークはどっか行ったか?」

「小学の妹を連れて田舎いなかのバーさんに」

「しけてやんなあ」

「お前はどうなんだよ」

「ずっとこバイト」

「似たようなもんじゃないか」

「キョン、高校生にもなって妹のお守りでジジババのごげんうかがいに行っててどうすんだ。高校生なら高校生らしいことをだな、」

 ちなみにキョンというのは俺のことだ。最初に言い出したのは叔母おばの一人だったようにおくしている。何年か前に久しぶりに会った時、「まあキョンくん大きくなって」と勝手に俺の名をもじって呼び、それ聞いた妹がすっかりおもしろがって「キョンくん」と言うようになり、家に遊びに来た友達がそれを聞きつけ、その日からめでたく俺のあだ名はキョンになった。くそ、それまで俺を「お兄ちゃん」と呼んでいてくれてたのに。妹よ。

「ゴールデンウィークに従兄弟いとこ連中で集まるのが家の年中行事なんだよ」

 投げやりに答えて俺は坂道を登り続ける。かみの中からみ出す汗がひたすら不快だ。

 谷口はバイトで出会った可愛かわいい女の子がどうしたとか小金がまったからデート資金に不足はないとか、やたら元気にしやべりまくっていた。他人の見た夢の話とペットのまん話と並んで、この世で最もどうでもいい情報の一つだろう。

 谷口の計画する相手不在の仮想デートコースを三パターンほど聞き流しているうちに、ようやく俺は校門にとうたつした。



 教室に入ると涼宮ハルヒはとっくに俺の後ろの席ですずしい顔を窓の外に向けていて、今日は頭に二つドアノブを付けているようなダンゴ頭で、それで俺は、ああ今日は二ヶ所だから水曜日かと認識してに座り、そして何かが差してしまったんだろう。それ以外の理由に思い当たるフシがない。気が付いたら涼宮ハルヒに話しかけていた。

「曜日で髪型変えるのは宇宙人対策か?」

 ハルヒはロボットのような動きで首をこちらに向けると、いつもの笑わない顔で俺を見つめた。ちとこわい。

「いつ気付いたの」

 ぼうの石に話しかけるような口調でハルヒは言った。

 そう言われればいつだっただろう。

「んー……ちょっと前」

「あっそう」

 ハルヒはめんどうくさそうにほおづえをついて、

「あたし、思うんだけど、曜日によって感じるイメージってそれぞれ異なる気がするのよね」

 初めて会話が成立した。

「色で言うと月曜は黄色。火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白よね」

 それはわかるような気もするが。

「つうことは、数字にしたら月曜がゼロで日曜が六なのか?」

「そう」

「俺は月曜は一って感じがするけどな」

「あんたの意見なんか誰も聞いてない」

「……そうかい」

 投げやりにつぶやく俺の顔のどこがどうなのか、ハルヒは気に入らなさそうなしかめづらでこちらを見つめ、俺が少しばかり精神に不安定なものを感じるまでの時間を経過させておいて、

「あたし、あんたとどこかで会ったことがある? ずっと前に」

 と、いた。

「いいや」

 と、俺は答え、岡部担任教師が軽快に入ってきて、会話は終わった。



 きっかけ、なんてのはたいていどうってことないものなんだろうけど、まさしくこれがきっかけになったんだろうな。

 だいたいハルヒは授業中以外に教室にいたためしがないから何か話そうと思うとそれは朝のホームルーム前くらいしか時間がないわけで、たまたま俺がハルヒの前の席にいただけってこともあって何気なく話しかけるには絶好のポジションにいたことは否定出来ない。

 しかしハルヒがまともな返答をよこしたことはおどろきだ。てっきり「うるさいバカだまれどうでもいいでしょ、んなこと」と言われるものだとばかり思っていたからな。思っていながら話しかけた俺もどうかしてるが。

 だから、ハルヒが翌日、法則通りなら三つ編みで登校するところを、長かったうるわしい黒髪をばっさり切って登場したときには、けっこう俺はどうようした。

 こしにまで届こうかとばしていた髪がかたの辺りで切りそろえられていて、それはそれでめちゃくちゃ似合っていたんだが、それにしたって俺がてきした次の日に短くするってのもたんらく的にすぎないか、おい。

 そのことをたずねるとハルヒは、

「別に」

 相変わらず不機嫌そうに言うのみで格別な感想をらすわけもなく、髪を切った理由を教えてくれるわけもなかった。

 だろうと思ったけどさ。

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