第一章③

ほかにもいっぱいやってたぞ」

 谷口は弁当の中身を次々と片づけつつ、

「朝教室に行ったら机が全部ろうに出されてたこともあったな。校舎の屋上に星マークをペンキで描いたり、学校中に変なお札、キョンシーが顔にはっ付けているようなやつな、あれがベタベタりまくられたこともあった。意味わかんねーよ」

 ところで今教室に涼宮ハルヒはいない。いたらこんな話も出来ないだろうが、たとえいたとしてもまったく気にしないような気もする。その涼宮ハルヒだが、四時間目が終わるとすぐ教室を出て行って五時間目が始まる直前にならないともどってこないのが常だ。弁当を持ってきた様子はないから食堂を利用しているんだろう。しかし昼飯に一時間もかけないだろうし、そういや授業の合間の休み時間にも必ずと言っていいほど教室にはいないやつで、いったいどこをうろついているんだか。

「でもなぁ、あいつモテるんだよな」

 谷口はまだ話している。

「なんせツラがいいしさ。おまけにスポーツ万能で成績もどちらかと言えばゆうしゆうなんだ。ちょっとばかし変人でもだまって立ってたら、んなことわかんねーし」

「それにも何かエピソードがあんの?」

 問う国木田は谷口の半分もはしが進んでいない。

「一時期は取っえ引っ替えってやつだったな。俺の知る限り、一番長く続いて一週間、最短では告白されてオーケーした五分後に破局してたなんてのもあったらしい。例外なく涼宮がって終わりになるんだが、その際に言い放つ言葉がいつも同じ、『つうの人間の相手してるヒマはないの』。だったらオーケーするなってーの」

 こいつもそう言われたクチかもな。そんな俺の視線に気付いたか、谷口はあわてたふうに、

「聞いた話だって、マジで。何でか知らねえけどコクられて断るってことをしないんだよ、あいつは。三年になったころにはみんな解ってるもんだから涼宮と付き合おうなんて考える奴はいなかったけどな。でも高校でまた同じことをり返す気がするぜ。だからな、お前が変な気を起こす前に言っておいてやる。やめとけ。こいつは同じクラスになったよしみで言う俺の忠告だ」

 やめとくも何も、そんな気ないんだがな。

 食い終わった弁当箱をかばんにしまい込んで谷口はニヤリと笑った。

「俺だったらそうだな、このクラスでのイチオシはあいつだな、あさくらりよう

 谷口がアゴをしゃくって示した先に、女どもの一団が仲むつまじく机をひっつけてだんしようしている。その中心で明るいがおを振りまいているのが朝倉涼子だった。

「俺の見立てでは一年の女の中でもベスト3には確実に入るね」

 一年の女子全員をチェックでもしたのか。

「おうよ。AからDにまでランク付けしてそのうちAランクの女子はフルネームで覚えたぜ。一度しかない高校生活、どうせなら楽しく過ごしたいからよ」

「朝倉さんがそのAなわけ?」と国木田。

「AAランクプラス、だな。俺くらいになると顔見るだけで解る。アレはきっと性格までいいに違いない」

 勝手に決めつける谷口の言葉はまあ話半分で聞くとしても、実のところ朝倉涼子もまた涼宮ハルヒとは別の意味で目立つ女だった。

 まず第一に美人である。いつも微笑ほほえんでいるようなふんがまことによい。第二に性格がいいという谷口の見立てはおそらく正しい。この頃になると涼宮ハルヒに話しかけようなどというすいきような人間はかいに等しかったが、いくらぞんざいにあしらわれてもそれでもめげずに話しかけるゆいいつの人間が朝倉である。どことなく委員長っぽい気質がある。第三に授業での受け答えを見てると頭もなかなかいいらしい。当てられた問題を確実に正答している。教師にとってもありがたい生徒だろう。第四に同性にも人気がある。まだ新学期が始まって一週間そこそこだが、あっという間にクラスの女子の中心的人物になりおおせてしまった。人をきつけるカリスマみたいなものが確かにある。

 いつもけんにシワ寄せている頭の内部がミステリアスな涼宮ハルヒと比べると、そりゃ彼女にするんならこっちかな、俺だって。つーか、どっちにしろ谷口にはかねの花だと思うが。



 まだ四月だ。この時期、涼宮ハルヒもまだ大人しい頃合いで、つまり俺にとっても心安まる月だった。ハルヒが暴走を開始するにはまだ一ヶ月弱ほどある。

 しかしながら、ハルヒのきよういはこの頃からじよじよへんりんを見せていたと言うべきだろう。

 と言うわけで、片鱗その一。

 かみがたが毎日変わる。何となくながめているうちにある法則性があることに気付いたのだが、それはつまり、月曜日のハルヒはストレートのロングヘアを普通に背中に垂らして登場する。次の日、どこから見ても非のうちどころのないポニーテールでやって来て、それがまたいやになるくらい似合っていたのだが、その次の日、今度は頭のりようわきで髪をくくるツインテールで登校し、さらに次の日になると三つ編みになり、そして金曜日の髪型は頭の四ヶ所を適当にまとめてリボンで結ぶというすこぶるみようなものになる。

 月曜=〇、火曜=一、水曜=二……。

 ようするに曜日が進むごとに髪を結ぶしよが増えているのである。月曜日にリセットされ後は金曜日まで一つずつ増やしていく。何の意味があるのかさっぱり解らないし、この法則に従うなら最終的には六ヶ所になっているはずで、果たして日曜日にハルヒがどんな頭になっているのか見てみたい気もする。

 片鱗その二。

 体育の授業は男女別に行われるので五組と六組の合同でおこなわれる。えは女がすうクラス、男がぐうすうクラスに移動してすることになっており、当然前の授業が終わると五組の男子は体操着入れを手にぞろぞろと六組に移動するわけだ。

 そんな中、涼宮ハルヒはまだ男どもが教室に残っているにもかかわらず、やおらセーラー服をぎ出したのだった。

 まるでそこらの男などカボチャかジャガイモでしかないと思っているような平然たるおもちで脱いだセーラー服を机に投げ出し、体操着に手をかける。

 あっけにとられていた俺をふくめた男たちは、この時点で朝倉涼子によって教室からたたき出された。

 その後朝倉涼子をはじめとしてクラスの女子はこぞってハルヒに説教をしたらしいが、まあ何の効果もなかったね。ハルヒは相変わらず男の目などまったく気にせず平気で着替えをやり始めるし、おかげで俺たち男連中は体育前の休み時間になるとチャイムと同時にダッシュで教室からてつ退たいすることを──主に朝倉涼子に──義務づけられてしまった。

 それにしてもやけにグラマーだったな……いや、それはさておき。

 片鱗その三。

 基本的に休み時間に教室から姿を消すハルヒはまた放課後になるとさっさとかばんを持って出て行ってしまう。最初はそのまま帰宅してるのかと思っていたらさにあらず、あきれることにハルヒはこの学校に存在するあらゆるクラブに仮入部していたのだった。昨日バスケ部でボールを転がしていたかと思ったら、今日は手芸部でまくらカバーをちくちくい、明日はラクロス部で棒振り回しているといった具合。野球部にも入ってみたというから徹底している。運動部からは例外なく熱心に入部をすすめられ、そのすべてを断ってハルヒは毎日参加する部活動を気まぐれに変えたあげく、結局どこにも入部することもなかった。

 何がしたいんだろうな、こいつはよ。

 この件により「今年の一年におかしな女がいる」といううわさまたたく間に全校にでんし、涼宮ハルヒを知らない学校関係者などいないという状態になるまでにかかった日数はおよそ一ヶ月。五月の始まるころには、校長の名前を覚えていないやつがいても涼宮ハルヒの名を知らない奴は存在しないまでになっていた。

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