147.夜中のホラー映画。そしてトイレ①

 俺と櫛引、そして長谷部は俺の自室で並んで座っている。

 それぞれクッションの上にちょこんと座り、なぜかぎゅうぎゅうと体をくっつけている。


 俺の両隣に女性陣がいて、体のあちらこちらの部位が俺の腕や肩に密着している。

 羨ましいと思うだろ。そんなわけねぇ。だって、今はホラー映画を観ているからだ。


「……」


 長谷部の提案で始まったホラー映画鑑賞会。

 彼女が契約している様々なサブスクから怖いと評判の映画をピックアップ。

 みんなで見ようということになった。


 櫛引は俺と長谷部がいるなら平気。と余裕のドヤ顔を決めていたが、いざ映画が始まると体が強張ってしまったのか、俺の腕をギュッと握り締めている。


「これこれ~。殺人鬼がおりゃーとかえいやーって殺しまくるやつなんだよね」


「なんだよその緊張感のねぇ殺し方は」


 長谷部の気の抜ける擬音の使い方に思わずツッコんでしまう。

 さて、映画本編に集中しよう。


 舞台はアメリカの田舎町。田舎町、と言っても普通にショッピングモールもあれば住宅街のある、ザ・アメリカって感じのところが舞台。


 主人公は以前の殺人鬼のマーダーショーから生き残った女性。

 彼女は十年前の猟奇殺人の唯一の生き残り。そういったこともあって街の住民から奇妙な目で見られ孤立していた。


 一方、何十人もの十人を殺害した殺人鬼、通称マーダーフェイス。

 自らの顔を狂気と恐怖を掻き立てるメイクをし、その圧倒的なまでの筋骨隆々とした肉体を最大限利用し、パワーですべてを破壊しつくとかなんとか。


 前作で多くの警察官が駆け付け、マーダーフェイスは絶体絶命のピンチに陥ったが、そのタフさとパワーで警察官を圧倒。最後は特殊部隊の銃撃、手りゅう弾、そして戦車の砲台の雨あられをくらい負傷。


 マーダーフェイスは捕まり、現在は特別に作られた地下の牢屋に厳重に収監されていたが……。


 マーダーフェイスはちょっと隙を利用して脱出。鉄格子やなん十センチもある鋼鉄製のドアを破壊し、彼を捕らえようとする看守を素手で撲殺、もしくは残虐な手段で排除。


 マーダーフェイスは十年前、唯一殺すことができなかった主人公の女性をターゲットに足を運ぶという。


「おい長谷部」


「なに? もう本編始まっているんだから話しかけないでよ」


「いや、なんで二からなんだ? 一から見ないとわかんねぇだろ」


「ちっちっち。千隼はわかってないな~。一が爆発的に売れたから予算が増えて一気にクオリティがアップした二がいいんだよ」


「……」


 それでも一から見ればいいじゃねぇか。

 まあいい。大体のあらすじは冒頭で軽く説明してくれたからいいけどさ。


 すっごい親切。だって十五分かけて前作のあらすじとか結末教えてくれたもん。

 そのせいで櫛引はビビッて俺にヘッドロックかましてきやがったからな。


「ね、ねえ。これってどれくらい怖いの?」


 櫛引が長谷部に聞いた。その声は震えていた。


「んー。怖いって評判かな~」


「……」


 櫛引の顔が青ざめていくのがわかった。更に俺の方に体を寄せてきた。

 頼むからもっと力を抜いてくれ。じゃないと俺の腕がパーンって破裂しちまう。

 どこのヤクザかな?


「あ、もう出てくるんだ」


 本編が始まって二十分が経過したころだろうか。

 主人公の現状、街は復興して平和に。被害者に遺族たちが苦しむ。

 序盤ですべてを開示し、タイトルにもなっているマーダーフェイスが登場。


 厳重に拘束されていながらもその迫力は健在。ホラーに慣れている俺でも怖いと思ってしまうほどだった。


「ひぃっ!?」


 櫛引は悲鳴を上げた。その際に俺の腕も引っ張られて体勢を崩してしまう。


「櫛引。落ち着け。ただの映画だ」


「あわわわわ……」


「ダメだ。もう俺の声が届かなくなってる……」


「……二人だけでずるい~。私も~♡」


 長谷部は俺の膝の上に頭を乗せてきた。


「おい。なにしてんだ?」


「いいのいいの~」


「はぁ……」


 無理にどかしてもまた何度も乗ってくるだろう。それよりも俺はこの映画に集中したい。面白くなるころだからな。


 さて、マーダーフェイスは一瞬の隙をついて拘束を解き、十年にも及ぶ年月で溜まった鬱憤を晴らしていくことになる。彼を捕まえようとやって来た武装した警備員はマーダーフェイスの前では赤子同然。


 どんなに銃撃を受けても効かず。像が一瞬で眠りにつく麻酔銃も効果がなく。

 マーダーフェイスの怪力によって惨殺。一方的なマーダーショーに代わってしまう。


 スプラッター好きにはたまらない展開。血しぶきと内臓、そして骨や目ん玉が飛び散る。流石の俺でも目を背けたくなるようなシーンの連発。


「うっひょ~すごいグロイね~」


「えげつねぇな。櫛引は見ない方が――」


 櫛引はすでに白目をむき、座ったまま気絶してしまっていた。

 俺は櫛引の肩を揺すると意識が戻った。戻ったはいいが。


「うわ~ここはどこ~? あれ? お星さまは?」


「ダメダメダメ。そっちに行ったらダメだ!!!」


 コックピットの中で精神が崩壊した某主人公のようになってしまった。

 俺は櫛引にまた映画本編が映る方向を見るように促し、そして映像を見て失神。

 また目を覚ますと元の櫛引に戻ってこれたようだ。


「あれ? 私は何を?」


「思い出さなくていい。本当に」


 こんなんで大丈夫なのだろうか。映画はまだ序盤が終わったばかり。本番の中盤になったら櫛引は魂が体から分離するんじゃねぇのか……。

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