145.手詰まり

「ふーん。その会長さんって無能で前会長が贔屓して滅茶苦茶にしているんだ。クソみたいなことしてるね。その二人が悪い」


 俺が要点をまとめて生徒会で怒っていることを話すと、煎餅をバリバリと食べている長谷部が断罪した。隣の長谷部の意見に同調するように櫛引もうんうんと頷いた。


「俺としてはどうすることもできねぇからこのまま放置するつもりだ。あんな贔屓と先輩っていう立場を悪用して現場を乱すやつとは活動したくねぇしな」


「バニーとメイド服が好きな千隼が言うほどだから酷いのね」


「やめろ! たまたまそういうジャンルのものがあっただけで切り抜きすな!」


「えー……きしょいんだけど」


「櫛引。お前はそう嫌悪しているけど、長谷部よりも興味津々に見ていたの知ってるからな。ブーメラン返ってきてるぞ」


「うるさいわね!!! 私はあんたのえちちなものに興味ないもん! 破廉恥! 変態!」


「はいはい。二人とも喧嘩しないの」


 冷静な長谷部が仲裁に入った。


「その前生徒会長は優秀なんでしょ? 千隼」


「ああ。ま、あの人がいるんだったら河村のミスも帳消しになるだろ。知らんけど」


「どうかしらね。あの二人は共依存。私はしていると思う。それは果たして健全な関係なのかしら」


「さあ。俺は他人のそういうのは興味ねぇし」


「じゃあ、橘君と高橋君はもう協力しないの?」


「ああ」


「賢明な判断ね」


 河村と白雪先輩。あの二人はいずれ関係性に終止符が打たれるはずだ。

 これはあくまでも俺の勘。あくまでも予想に過ぎないことだが。


 ま、二人がどうなろうと俺には関係ねぇ。

 これでクリスマスパーティーを手伝わなくて済むし、あの忖度激しい贔屓を見なくていいのは精神的にもいい。


「つーかもう七時か。お前ら帰ろ。親御さんも心配するだろうし」


「え? 帰らないけど」


 長谷部はサラッととんでもないことを口にした。


「はあ? いや帰れよ。親御さん心配するだろ」


「あ、だいじょぶ~。もう許可貰ったから。それに後で着替えも持ってくるし」


「あ、え!? あ……」


 そうだった。こいつの両親のことすっかり忘れていた。

 娘大好きのテンプレ的なバカ親だった。


「え!? のあちー泊まるの?」


「うん。だって、こういう男の子の部屋でお泊りってよくない? 興奮する!」


「おい。最後のは余計だ」


「……じゃあ、私も泊まる!」


「おまっ……こいつに張り合おうなんてすんなって。マジで勘弁してくれ」


 ただでさえ、男一人で余裕に過ごせるくらいの部屋なのにさらにプラス二名が加わることで極端に狭くなる。それにマットレスなんてねぇぞ。


「あ、心配ご無用。パパがマットレスとか毛布持ってくるって~」


「……」


 長谷部の無邪気な笑みは俺を絶望の底に叩きつける。

 あのパパ。娘のパシリでいいのか? いや、いいのか。娘のためだから。


「わ、私は一旦帰る。着替えとか必要だし」


「あっすー、急がないと私と千隼のイチャイチャ……きゃっ♡」


「うん。速攻で戻ってくるからそれまで変なことしたら殺しちゃうぞ☆」


 櫛引の目が笑っていない。長谷部はケラケラと笑って楽しそうだ。

 俺は胃が痛くて痛くて……。


「じゃあ、行ってくる!」


 櫛引はダッシュで俺の家を後にする。

 残されたのは俺と長谷部。何も起こらないはずはなく……。


「二人っきりだね♡」


「俺はすっげぇ嫌だけどな」


「え~傷ついちゃう~」


「……」


 誰かこの獣を我が家から追い出してくれ。

 俺を多分、あれな意味で食べるつもりだ。だって、目がハートになってるんだもん。ひぃっ……!?


「逃げ場はないぞ~! よくも私のお家から逃げ出したな~。その報いを受けてもらおう♡」


「あの……マジ?」


「まーじ♡」


「……」


 あ、これは終わった。俺は一生Dの称号を保持するべく、中学の時から鋼鉄よりも硬い意志を持って自制に努めてきたというのに。

 

 三十を超えたら魔法が使えるんだぞ!

 それで俺は回復魔法を憶えて前線の味方をひたすら回復して楽をしたいんだ!


「千隼ー? ご飯できたわよー」


「あ、母さん……」


 助かった。そう思ったのも束の間。

 いいところだったのに、と長谷部は肩透かしをくらった顔をしたがすぐに俺を起こして背中を押した。


「せっかくだから一緒に行こ♪ 千隼のママさんがどんな人か見てみたいし~」


「やめろ。本当にめんどうなことになるからほんまに……」


 母親が作った夕飯を無碍にも出来ず。俺は諦めて長谷部とともに一階に下り、リビングに入る。ここで俺は感情のスイッチを切り、人形になることで最小限のダメージに抑えることにした。


「こんばんは~。千隼のお友達の長谷部乃啞で~す。お邪魔してま~す」


「まあ!?! ち、千隼にお友達が!?」


 我が母は目ん玉が飛び出そうなくらい驚愕していた。

 そのせいで箸を落とし、口があんぐりと開いて閉じない。


「そうですそうです~。あの今日、ここでお泊りすることになりまして~。うちのパパが色々と持ってくるし、さっき帰ったあっすーも泊まるのでよろしくです~」


「あ、いえいえ! ぜひとも泊っていって頂戴!」


「ありがとうございま~す。それにして千隼のママさんはとてもお綺麗で! 何かされていますか? ぜひとも教えていただけたらと!」


「え~ちょっと~。乃唖ちゃんったらご冗談が上手なのね~もう! 特別なことはしていないんだけど、毎日――」


 そうだった。こいつって人の懐に入っていくのが得意だったんだ。

 俺の母親をすぐさま味方につけて気に入られる。長谷部。君はアイドルとか芸能界とか政治の世界とか。そっちの世界が肌に合うのかもしれねぇな。本人はまったく興味ないだろうけど。 

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