102.一日目が終わる
文化祭一日目は大きなトラブルが起こることなく無事終わることができた。
小さなトラブルや問題が発生し、その度に必死になって動いたり補修をしたりと大忙し。
俺と櫛引はトイレ休憩と昼食くらいしか休みがなく、ほとんど連続で仕事をこなした。最初のお客さんのようなお手本のようなリアクションをしてくれると助かるが、中にはギミックや俺と櫛引をバカにして笑う連中すらいた。
そういうのは本当に回転率が悪く、櫛引のイライラが増大して空気が悪くなるからやめてほしい。
あと、ガチで腰が砕けて歩けなくなって進めなくなった子もいたりして、フォローが大変だった。
櫛引がいて本当に助かる。俺みたいな奴が行くと拒絶されるか、大して信用もされずに悪化させるかもしれなかったからだ。
自分で言ってて虚しくなるけど、実際そうだからしょうがない。
文化祭一日目の終わりを告げる放送があり、関係者以外の人は学校を後にした。
俺と櫛引はすでにぐったりしていた。
「終わった……」
「ええ……」
俺と櫛引は倒れるように椅子に腰かけてぐったりしてしまう。
一日中立ちっぱなしプラス声を出したこともあって、かなりのエネルギーを消費してしまった。
おまけに昼食は急いで胃の中に押しつけ、トイレ休憩も速攻終わらせて社畜に相応しい活躍だった。
「橘君って二日目はどうするの?」
「一応、二日目も仕事漬けだ」
「嘘でしょ? 明日もこれを一日やるってこと? 遊びに行かないの?」
「興味ねぇ。そんなことするくらいだったらここで大人しく仕事していた方がマシだ。第一、人が多くて窮屈なのはあまり好きじゃないからな」
「そっか……」
櫛引は俺に対して悪態をつくほど元気が残っていないようだ。
文化祭一日目が終わると、簡単な出欠をとってすぐに解散となった。
俺はしばらく動ける元気がなく、一人教室に残って休んでいた。
久しぶりの照明に目がまだ慣れていないが、なんだかその明るさが心地よかった。
「お疲れ様。これ食べる?」
櫛引がビニール袋片手にやってきて俺にある物を渡してきた。
「ありがたく受け取る。これっていくらに――」
「お金はいらない。たまには私にもいい顔させてよね」
「りょーかい」
俺はへとへとになっているということもあって、お金のやりとりすらも億劫になって適当に終わらせてしまう。
櫛引が買ってきたアイスはシャリシャリ触感が特徴のあの安いアイス。
夏と言えばこれ……と言っていいかわからないが、火照った体を冷やすのにちょうどいい冷たさだった。
一〇月になっても夏の暑さは落ち着かず、長い残暑が続いている。
流石に朝晩はいくらか涼しくなった気がするだけで、日中はギンギラギンの日射にムシムシとした暑さは健在。
「美味いなぁ」
「そうね」
糖分を欲していた体にアイスはご馳走となり、俺はあっという間に食べ終わってしまう。櫛引も同じでペロッと食べつくしたようだ。
「これも」
「ああ。わりぃな」
キンキンに冷えたお茶のペットボトルを櫛引から受けとった。
アイスのお茶で体が冷却されて疲れが少し取れた気がする。
「櫛引。帰らなくていいのか?」
「橘君こそ。一番帰りそうな人なのになんでまだ学校に?」
「見りゃわかるだろ。へとへとで動けねぇんだよ。三日前からずーっと休まず働いたせいだ。今日だって朝早くからドタバタして……はぁ」
「そうね。私もここで一休みしてから帰る予定よ」
「同意」
俺も櫛引もくたびれていた。会話に力もなくただ休憩のために甘い物を摂取し、水分補給をすることに力を入れていた。
教室は俺と櫛引しかおらず、他のクラスの生徒もすでに帰っていて閑散としていた。
「ねえ」
「ん?」
「二日目、橘君はどうするの?」
「言ったろ。明日も仕事だ」
「文化祭回らないの?」
「行くつもりはない。人人人……ただでさえ準備や今日も含めてクタクタなのに歩き回るのはしんどいっす……」
「体力なさすぎじゃない?」
「俺はお前の何倍も働いたんだ。徹夜でペンキ塗ったり、あのビデオだって編集云々も佐藤たちと一緒にやったし。他にも色々……はぁ」
「だとしてもよ。そんなんで修学旅行平気なの?」
「これとそれは別だ」
「そうかな……う~ん」
櫛引はまったく納得していなかった。彼女は相当喉が渇いていたのか、すでにペットボトルの中身は空になっていた。
俺は今日初めて櫛引を間近でじっくりと見たが、彼女はあのクラスTシャツを着ていた。クラス一人一人の名前が記載されている。黒字にちょっと洒落た模様もあって着ている人が大半だった。
ちなみに俺は部屋着として使用するため、大切に自宅に保管されている。
櫛引は今日一日頑張っていた。俺が近くで見ていたから保証できる。
誰よりもお客さんを楽しめようと張り切っていたし、腹の立つお客さんにも我慢していた。
俺と同じくトイレも昼食もギリギリまで削っていた。
シャツも汗で濡れていて、先程顔を洗ったのか首回りや胸元が肌に張り付いていた。
それがなんとまあ……下着が透けているわけでも素肌が見えているわけでもないが、なぜかそこに視線が吸い寄せられてしまう。
「どうかしたの?」
「あ、いや」
俺は何をやっているんだ。たかがTシャツが濡れているだけ。
それもびしょびしょになっているわけでもない。俺は結構疲労が溜まっているようだ。普段であれば気にも留めないことに目が行ってしまう。
「ねえ、本当に大丈夫? なんだか上の空みたいだけど」
「あ、ああ。ちょっと――」
櫛引が俺の前髪をかき分けて手を添えてきた。彼女のひんやりとした手のひらの感触がおでこに伝わった。
「熱はないみたいだけど……」
「……」
「う~ん? 風邪ではなさそうかな」
櫛引は俺のことを心配して熱を計っているようだ。あまりにも自然にやってきたものだから、不意を突かれてしまった。
「もう少し休んだから帰って休んでね? ここで体調悪くされたら私……」
「だ、大丈夫……だから。その、手を」
俺がしどろもどろしながら指摘すると、櫛引は一瞬フリーズして顔が一気に赤くなった。
「ああっ!? こ、これはあれよ!! 熱を計るにはこれが一般的だし? べ、別に変な意図はないから勘違いしないでよ!?」
櫛引は名残惜しそうに手を離して言い訳の言葉を並べた。
「あ、ああ」
「もう……」
「……ありがとうな」
「えっ!?」
「少し元気が出てきた。それじゃあ、帰るか」
「え、ええ。そ、そ……そうね」
櫛引は少し寂しそうな顔をした。
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