48.橘、いじる

 綾瀬は実は……元ヤンでした!!!

 テレビだったらデデデーン、というSEが鳴って観客が「えーっ!?」というあからさま演出が入ることだろう。


 本日最大のニュースであり、衝撃は俺の中でいつまでもこだましている。

 あの綾瀬が……ヤンキーだった。


 しかも、俺と同じ中学に一年間在籍していて、今春にまた戻ってきたという新しいニュースもついでに。。


 というか、橘という男が忘れていたことに端を発しているので、俺のせいではありませんということをここで言っておきますね!


 まったくもう。橘くんったらなんで同級生のこと忘れちゃうの?

 金髪でヤンキーってだけで目立つのにこの男はまったく……。


「まさか、綾瀬と同じ中学だったなんてな」


「橘君が憶えていなさすぎなのよ……」


 俺と綾瀬は雨が降りしきる中、歩いて帰宅していた。

 綾瀬が俺を引っ張って本屋を後にし、何か話したげな様子だったので仕方なく彼女に合わせて自転車を押しながら歩くことに。

 俺はレインコートを着て、綾瀬は俺の隣で傘をさしている。


「でもさあ、中学ってあれじゃん。荒れているとかやんちゃとか、悪いことを美徳にに思ってしまう年頃だから、昔の綾瀬みたいな人沢山いて覚えられねぇよ」


 橘の記憶を頼りに中学時代を巡ってみると、髪色が真っ赤のヤンキーがバスケを初めて――。それは違うな。どこの人気漫画かな?


 他には喧嘩に明け暮れるマジで関わっちゃいけない奴とか、ゴリゴリのギャルとか髪を染めてあちらこちらの学校の物を破壊したり。

 いや、俺の中学荒れすぎだろ……昭和じゃないんだからさ。


 もしかしたら、それらの中に金髪の人もいたかもしれないがまったく記憶にない。

 橘は興味のないことは記憶もしなければ、記憶しようとしない人だ。


「私を彼らと同じにしないでくれる? ああいう人たちと関わっていないから」


「そうだったのか? てっきり一匹狼だと思ったんだが違うのか?」


「違うから。あの時は色々と……あったから」


 綾瀬は言葉を飲み込んでそれ以上は何も言わなかった。

 まあ、誰にだって触れられたく無い過去は一つや二つ存在するものだ。


 俺だってそうだ。口を大にして言わないが触れられたくない過去がある。

 橘が昔、とある少年漫画にドがつくほど熱中してしまい、片腕に包帯をグルグル巻きにして学校に行った結果、先生に超心配されて恥をかいた経験がある。


 あれかっこいいよね!

 邪がつく眼とか!

 いやー……もうね、たまんないよね!


「なるほどな。じゃあ、転校してきたとき俺に対してツンツンしていたのは、あれか。中学時代の俺が綾瀬に何かやらかしたことに根を持っていたとか? それとも俺が綾瀬を忘れていたことに怒っていたのか?」


「そ、それは……」


 言いづらそうに綾瀬は言葉を詰まらせている。

 ああ、この反応を見るにきっと橘が何か言ったことは確定だろう。


「悪い。多分、俺が何か言ったんだろ。すまん」


「……ええ、本当に。橘君は憶えていないと思うけど、当時のあなたは相当嫌われていたのよ。その歯に衣着せぬ発言が多くの人の反感を買っていたのは間違いない」


「知ってるさ。俺は自分と合わない連中とは距離を取っていたけど、向こうからやって来たんだ。あいつらのいじりはしつこい上につまんねぇから、ああいうのが面白いと思う幼稚な奴らだったから言ってやっただけだ」


「……そうだったの?」


 綾瀬が振り返りながら驚愕の顔を作っていた。

 まあ、部外者からしたらただの嫌なやつに見えていただけかもしれないのは否めない。


「ああ。集団を作らねぇと威勢を張れない奴らだったよ。まあ、今となっちゃどうでもいい話だけどな」


「そう……」


「俺の話よりもだ」


 きっと今の俺はとてもワクワクした気味の悪い笑みを浮かべているだろう。

 なぜならば、綾瀬に特大のネタをゲットしたのだから。


「綾瀬さんはなぜヤンキーに?」


 俺はニヤニヤした顔で聞くと、綾瀬はピタッと足を止めて振り返った。

 不機嫌を隠さずに綾瀬は傘の先端をこちらぬむけて小突いてきた。

 綾瀬の持っている傘の先端部分は尖っており、刺されたら怪我をしてしまいそうなほどだ。


「危なっ!? なにするんだよ!?」


「あなたがデリカシーのないことを聞くからよ。私の黒歴史に対する質問は受け付けないから」


「なるほど。黒歴史ということは、当時の綾瀬はあれがカッコいいと思っていたか、それともナウいと感じていたのか。考察のし甲斐があるなぁ。くくく……」


「ちょっと! 私のことはいいでしょ!?!」


 綾瀬は雨でぬれることを厭わず、傘で俺を叩きのめそうとする。

 ふっ。俺にはレインコートと自転車という装備がある。

 多少の痛みはどうってことない。制服とカバンが濡れなければどうということはない。


「反抗期だったパターンも考えられるか。今は黒髪だし今はヤンキーっぽさはまったく感じられないのを見ると、こっちが正しいのか」


「……ああ、もう! あれはほんっとうに私の恥部よ! あー……過去の私にビンタしたくなる」


「まあまあ。落ち着けって。俺の黒歴史に比べたら大したことねぇって」


「橘君のはどうせ痛々しい言動のせいだろうけど」


「おい。ネタバレすんなって。俺はな、遥か昔のことだ。小学生の何色にも染まっていない無垢な子供時代の話だ」


「はいはい」


 綾瀬はげんなりしているが、なんだかんだ話を聞いてくれる。

 優しい!


「昔な忍者がドンパチする漫画に熱中だった時があって、俺は体育の授業や遊ぶときに両手を後ろに伸ばして走った結果、バランスを崩して転んだ結果、手首を骨折した過去がある」


「自業自得でしょ……」


「子供だからいいんだよ! それだけじゃない。主人公の必殺技が出来ると信じてひたすら一人で鍛錬をした結果、ぼっちになっちまったんだ……」


「……」


「他にも――」


「もういいから。これ以上聞くとなんだかあなたが可哀想になってくるから」


「ふっ。優しいんだな、綾瀬って」


 また傘でどつかれた。

 あの今の結構痛かったんですけど、手加減しましたか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る