32.俺のターン、ドローだぜぇ!

 なんだかんだ言って準備はできた。後はもうなるようになるしかない。ほとんどがアドリブになるのがなんとかなる精神で行くしかないが。


 アドリブだろうがなんだろうが、後藤たちにかかわりを持ちたくないと思わせればいいだけのこと。あいつらと俺の生きている世界がどう違うのか、徹頭徹尾味わわせてやるぜ。




 HRが終わると俺たちはすぐさま準備に入った。クラスメイトたちに教室からいなくなるように促し、俺たちは机と椅子を移動させてスペースを作る。


 後藤たちは俺たちの行動に目もくれず、また買い物に行くのか教室を出て行ってしまう。あいつらがいないのは好都合。その間にやれることをやろう。


「なあ、橘?」


「どうした高橋。今更怖気ついたのか?」


「いやそうじゃなくて……こんな素人のコスプレでなんとかなるのか?」


「平気平気。それっぽくできればいい。今はバンキ・ホールで買ってきたやつを着て本番に備えるしかねぇ」


「絶対無理だと思うけどな……」


 高橋の不安をよそに俺たちは舞台を作り上げていく。


「ちょ……本当にそれ……似合ってねーの。ぷぷっ」


「櫛引。お前はこの格好の良さに気づかないか。残念だ」


 櫛引は俺の格好を見て笑いを必死になって堪えるが足をバタバタ動かして耐えられないようだ。あのな。今からしようとしていることは小学校時代の男の子が憧れたアレだから笑うんじゃねぇ。


「っべー。ほんっとうにやるの~?」


「やるんだよ。ほら、細……さんも口だけじゃなくて手を動かせ」


「細川だって~! ばなっちさ~俺の名前をいい加減憶えてくれよな~」


「善処する。んで、加藤はどうだ?」


「こっちは順調。楽しくなってきたな」


「流石加藤だ。みんな、加藤を見習ってくれ。あとは……綾瀬か」


「私、これ全然知らないけど……」


「大丈夫だ。あいつらも知らねぇから。興味があるんだったら原作漫画貸してもいいんだが」


「いえ結構よ。本当に大丈夫なの……」


 若干の不安要素は残ってしまうが後はなるようになるしかない。さて、観客の来場を待つとしようか。




「なんだよこれ……」


 教室に戻ってきた後藤一向。メンバーは変わらず後藤に赤井と蒼井のいつもの三人。三人はそれぞれお菓子やジュースを買ってきたらしく、ビニール袋を各々手にしている。


 後藤が驚くの無理ない。机と椅子が後ろに移動しており、空いたスペースで俺たちが陣取り変なことをしようと画策しているからな。

 よし、ギャラリーも揃ったことだし、俺たちのゲームを始めよう!


「海原! 俺とゲームで勝負だ!」


 ドン、という効果音と星が見えそうなセリフを言う俺こと橘。海原(高橋)は腕を組み高らかに笑う。


「ふぅん。受けて立とうではないか。浅野、ゲームの開始を宣言しろ!」


「あ、はいっ! ゲーム……スタート」


 海原(高橋)にビシッと指をさされた浅野(加藤)が慌ててゲームのスタートを宣言する。こうして俺と海原(高橋)と熱いバトルが始まった。


「俺の先行で行かせてもらう! ドローだぜぇ!」


 先行どちらを決めるじゃんけんやコイントスをせず、俺が先に先行を宣言して先行となる。言ったもん勝ちだ。


 俺と海原(高橋)が行っているカードゲームはドラゴン・バトル・カード、通称DBCと呼ばれている。現行ルールでは先行ドローが存在しないが、俺たちがやっているルールは十年以上前の旧ルールで行われている。


 ちなみに、俺たちがやっているちゃば……一連のゲームは原作漫画を再現したもの。要はコスプレをしてただ遊んでいるだけだが、後藤たちは呆れているのか、それとも目の前で繰り広げられている光景を理解できないのかポカーンと口をあんぐりと開けて絶句しているようだ。


「俺は大剣の騎士を召喚! カード二枚伏せてターンエンドだ」


 大剣の騎士の攻撃力は一二〇〇。

 ちなみだが、このDBCはプレイヤーのHPというのをゼロにすれば勝ち、という単純明快なルールだ。


「ふうん。俺様のドロー。阿藤正義。貴様とのバトルを心待ちにしていた。ここで貴様を木っ端みじんに打ち破ってみせよう!」


 阿藤正義(橘千隼)。DBCというカードゲームの元になった、原作漫画の主人公の名前だ。

 この阿藤正義というくあらくたーは少々変わったキャラ設定があり、阿藤はごく普通の少年だったが、ある日別の世界線の阿藤が魂と肉体を分離して、主人公阿藤正義の世界戦にやって来て彼の肉体に憑依。


 それから、もう一つの世界線の阿藤が主人公の代わりにDBCの勝負をしていくが、別の世界線の阿藤の世界を滅ぼした、破滅の悪魔がこちらまでやって来てしまい……。


 ネタバレになるのでこれ以上は言及できないが、要はDBCを通じて破滅の悪魔の使いを倒していくというストーリーだ。

 ちなみに、高橋演じる海原玄は阿藤正義のライバルキャラだ。


 本当は俺が悪役を演じて高橋が主人公をやってもらう予定だったが、高橋が熱烈な海原ファンとのことで今の形に落ち着いた。


 俺は阿藤正義が好きなキャラだからいいけどさ。俺みたいな脇役がやると胡散臭くなるのは否めないが。カッコいいからいいんだよ。このチクチクした髪型がいいんだよ!

 

「俺様は狂戦士カイを召喚。更にウェポンカードを狂戦士カイに装備! 攻撃力を一〇〇〇アップ! さあ、バトルだ。狂戦士カイで阿藤のクソ雑魚モンスターを攻撃!」


 狂戦士カイは攻撃力一五〇〇。さらにウェポンカード『破滅の剣』によって攻撃力が一〇〇〇アップ。しかし、次の自分のターンが来るたびに攻撃力が五〇〇減ってしまうデメリットが存在する。


「俺はサポートカード発動! 転移装置XXXスリーエックス! このカードは相手モンスターの攻撃時に発動可能! 相手モンスターの攻撃を無効にし手札に戻す!」


「ふうん。よかろう。俺様はカードを一枚伏せてエンドだ」


 白熱したバトルが繰り広げられるが、そんな場面にいきなり遭遇してしまった後藤たちは、当初は驚いて唖然としていたが次第に冷たい目を向けるようになった。


「なんなんだよ。なんだよこれ……」


「ねー。なんかよくわかんよねー」


「……不思議」


 白熱するバトル。互いに死力を尽くしHPが削られていく。

 後藤たちはコスプレをしてカードバトルしている俺と高橋を異物でも見るように一瞥し、去ろうとするが彼らの背後に大柄の男たちが肉壁となり退路を断ってしまう。


「ああ? なんだてめぇらは?」


 男たちは答えない。そうだ。彼らは加藤が協力をお願いしたバスケ部員たちだ。

 バスケの強豪というだけあって、みんな背が高く分厚い体つきをしている。


 流石去年の高校バスケ三冠チームなだけある。

 ディフェンスに一寸の隙も見当たらず、後藤たちの退路を塞いでいる。

 というか、君たちこんな遊戯に付き合って大丈夫? というか申し訳ねぇ。


 後藤たちは逃げ場を失い、再び教室に戻されてバトルを強制的に観戦することになる。本当なら数時間をかけて原作再現したいところだが、時間がかかり過ぎるということで省略。


 圧倒間にバトルは終盤戦へ突入。俺こと阿藤正義と海原玄(高橋)のHPは互いに一〇〇〇を切っていた。


「ふっはっは! これで貴様は終わりだ! さあ、最後のドローをするがいい!」


 海原のバトルフィールドにはDBCの顔であるモンスター、ブラック・ジャスティス・ドラゴンが咆哮をあげている。

 とても強力なカードであり、何もなければ俺の負けが決定的になってしまう。


「くっ……」


 俺の手札はゼロ。バトルフィールドにはモンスターも伏せカードもない。

 負けはほぼ確実の情勢。降参の意思表示をしようとさえ思ってしまった。


「あ、諦めないで……」


 恥ずかしがりながら必死に演技をする一ノ瀬カリンこと綾瀬莉子。

 原作では一応ヒロインに当たる存在だが、物語の序盤以降はやや影が薄い。


「お前の力はそんなもんじゃねーだろー!」


 やけに迫真で力強く励ましの言葉を投げかける月見ルナこと櫛引明日葉。

 櫛引は当初あまり乗り気でなかったが、いざ本番を迎えると誰よりもやる気に満ち溢れ、演技にいたっては誰よりも上手い。


 まあ、口に出して言わないが櫛引もこちら側の人間。彼女の部屋にDBCのグッズがあったのをちゃんと目撃したぜ!

 猫被らないで本当の自分を出していけばいいのにな。もったいない。


「がんば~よくわからんけどがんばれ~!」


 うん。ほ……なんとかの応援はどうでもいいや。あいつの演じてるキャラはマジでモブ中のモブだから。解説兼ツッコミ役の端にいるキャラだからね。

 主人公と一緒に行動するけど、一度もカードバトルしないし名言もない。

 そもそも名前すらも……。


「そうだな。そうだよね……ここで諦めたら意味がないもんな。お前もそう思うよな。もう一つの世界線の俺」


(うん! まだバトルは終わったわけじゃない! まだまだ逆転のチャンスがあるよ!)


「ありがとう。もう一つの世界線の俺。さあ……俺のターン、ドローだぜぇ!」

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