29.邪魔するものたち

 テスト勉強会を始めた初日。最初はみんなちゃんと勉強をしていたが、休憩を入れてからトランプで遊んでしまい、俺と綾瀬を巻き込んでトランプ大会となってしまった。


 人数が多いからババ抜きで。しかも、ビリの人はジュースを奢るという話になってしまい、結局俺が負けて全員の分の飲み物を買いに行くという結末になった。

 なんで俺が!? 確かに笑い話の鉄板ネタができたけども。


 ちゃんと勉強するというあの当初の意気込みはどこに行ってしまったんやら。

 というか、俺もなんだかんだトランプを楽しんだから、彼らと共犯関係になってしまったのも反省点。


 明日からは高橋らが遊ばないように、ちゃんと監視して注意しないとな。

 学校から帰った俺は遅れを取り戻そうと必死になって勉強をするのだった。




 翌日の放課後。今日こそはちゃんと勉強するようにみんなに言いつけ、高橋も悪かったと反省しているらしく厳しくいくと約束してくれた。

 やはり、みんなのまとめ役であり『大好きはやめられない!』という作品の主人公であるからか、細…も櫛引もまじめに勉強を続けている。


 今回の勉強会の目的は細…と櫛引の赤点回避のため。

 それだけ勉強に困っている二人が主導となって、昨日はトランプに興じてしまったが流石に危機感を覚えたらしく、今日はいつになく熱心に取り組んでいた。


 俺としてはクラスメイトが赤点を連発し、留年が決まりましたは気分がよくない。

 高橋と加藤に彼らの勉強を任せているが、今のところ大丈夫そうだ。


 赤点を取って留年は自業自得なのかもしれないが、彼らだって好きで留年したくない。だから、クラスメイトを頼って血眼になって勉強している。


 頑張ってほしいと願いつつ、俺はまず自分を優先し大事にしようと思っていると、突如として教室の扉が開き、喧しい声がいくつも聞こえてきた。


 高橋たちの手が止まり、教室の扉にいる人物に視線が集まった。


「え~みんな勉強してんじゃ~ん。ウケるんだけど」


 この人を小ばかにするような言い回しをするような女子生徒は一人しかいない。

 名前は赤井結愛ゆあ。俺たちのクラスメイトであり、いわゆるギャルっぽい格好と髪をしている。


 化粧は濃く、髪も金色に染め、更には高校生に似付かわしくないアクセサリーをジャラジャラ身に着けている。


 そして、よく自信を陽キャと自称し、陰キャを小馬鹿にする発言が目立つ。


 俺が最も苦手としていて、一寸たりとも関わりたくないと願うやつらの一人だ。

 赤井がケラケラと笑いながら教室に入ると、続けてもう一人の女子生徒の姿が現れた。


「高橋がいるんだ。へえ」


 低い声にダルそうな言い方。こいつは赤井と常に一緒に居る蒼井音夢ねむ

 髪を染めたりはしていないが、耳にはピアスが多く目立ち、見えるんじゃないかってくらい短いスカート。そしてブレザーではなく、パーカーを着ている。


 先生に制服を着ろと注意されているが、すべて無視している。

 そのため、赤井以上に問題児扱いされており、先生たちは手を焼いていると聞く。 

 蒼井は常に眠そうな目をしており、よくわからないふわふわしたこと言って周囲を困惑させている。


 一言でまとめると不思議ちゃん。それが蒼井の周りからの評判だ。

 

 俺は二人の登場にげんなりして帰宅を考えるが、最後に大物登場と言わんばかりにある男子生徒が彼女たちの後に続いて姿を現す。


「おっ? 高橋に綾瀬。櫛引に加藤。細川までいるのか? お前ら偉いな~。ちゃーんとお勉強してるなんてさあ」


 大股で歩き登場したのは二年三組内でヒエラルキーが高いと喧伝している、後藤堕天使ルシファー。堕天使と書いてルシファーと呼ぶらしい。

 後藤に堕天使でいじると殴ってくるらしいので、俺はそこに関しては同情してしまう。


 その堕天使さんは如何にもな悪そうな見た目そのままの性格をしており、自分らのような陽キャ以外を下に見ており、赤井たちと一緒に俺や大人しい生徒を陰キャと言ってバカにするのが趣味という、少々残念な性格をしている。


 他にもタバコや酒をやっていると、軽微な犯罪自慢をしている痛々しい奴だ。

 

 そんな関わりたくない性格をしているせいか、高橋を筆頭にあの細川までも敬遠するような人間だ。


 そんな俺の中で彼らをひとまとめに三馬鹿と呼称している。

 だって、バカみたいなことで授業中にゲラゲラ笑って鬱陶しいし、何が面白いのかわからないことで盛り上がっているので、こちらの方で勝手に命名させてもらった。


 つーか、ルシファーくん。なんで高橋たちの名前は出てきたのに俺はいなかったんだい? 俺は透明人間でもなく普通の人間ですよー? 基本的人権持ってますよー?


「……後藤たちか。何か用か?」


 高橋はいつになく険しい表情で応対にあたる。先ほどまで盛り上がっていた高橋を筆頭に、静まり返り嵐が去るのを祈っているようだった。


「用? ちょっと外で買い物をしてから教室でだべろうと思ってただけなんだけど。文句あんのか?」


「文句はないよ。ただ、ビックリしたから」


「あーそうか。お前らはテストに向けて勉強していたもんなぁ。わざわざ学校で。毎日授業授業でうんざりしているのに、お前らは放課後まで勉強ってか? どんだけ勉強好きなんだよ。だっさ」


 ルシファーくんにとって真面目に授業を受けて、テスト勉強している人が滑稽に見えるかもしれない。だけど、彼に真面目に生きて勉強している人を嘲笑ったりバカにする権利はどこにもない。誰にも迷惑をかけていないし、少なくともお前らのように授業を妨害することもない。


 後藤はあれか。俺たちに茶々をつけたいだけなのか?

 ああいう人たちはとことん人を小馬鹿にして酷い言葉を投げかけてくる。そりゃあ、クラスメイト達から快く思われていないのも頷ける。


「テスト勉強をして悪いのか?」


 高橋は表情に出さないが、相当立腹しているのが感情を乗せながら聞いているようだった。


「別にー。だせぇことにかわりはねぇだろ? なーに一生懸命勉強してんだか。将来何一つ役に立たないくせにさ。意味ねぇことに一生懸命になるとか無駄じゃねーの? バカみてぇじゃんか」


 後藤の嘲笑混じりに言った自論は半分正解で半分間違っている。

 確かに勉強してきたことが将来役に立つことは少ないかもしれない。

 が、勉強を通じ学び、知識が増えることによって考え方は柔軟になっていく。


 考え方が柔軟になれば教養だって養うことができる。

 無知であることは心の成長を妨げてしまう。だからこそ、勉強を通じて知識を増やし、考える力を養い、自分の成長へとつなげていく。

 それが勉強をすることの大切さだ。勉強は何も、学校で習うことがすべてじゃない。


 後藤に少しでも柔軟で広い視野があればよかったが、俺は彼に指摘するつもりは金輪際ない。時間の無駄だし、俺はあいつの色に染まりたくない。


「後藤はわからないかもしれないけど、僕は役に立つと思う。そう信じているからね」


「へー。随分とカッコいいこと言うじゃん」


 ケラケラと笑う後藤たち。あからさまに高橋のことを貶している。

 俺は後藤たちに一発ぶん殴ってやろうと思ったが、そんなことしたら問題になるので思うだけにしよう。


「お前さ、いつまでもそんなつまんねぇ奴らとつるまねぇでさ、俺らのところに来いよ。もったいねぇ。お前みたいな奴がそんな暗がりにいる必要ねぇだろ?」


「僕は僕の意志でここにいる。僕が何をしようが、誰と仲良くしようが僕の勝手でしょ。あまり口を挟まないでくれると助かる」


「ふーん。随分と言ってくれるじゃん。やっぱりお前みたいなのが言うと華になるなぁ」


 後藤と高橋がそれぞれ対峙し、口調は穏やかだか言い合いが始まってしまった。

 あんな男に目を付けられていたとは、高橋は気苦労が絶えないことだろう。 


「とりあえずさ。俺たちはここでくっちゃべりたいからさ、お前ら出て行ってくんない? 邪魔なんだよね。陰キャ共がいるとこっちも白けてくるからさ」


「そんな言い方はないだろ?」


「ああ? 何か文句ある?」


 一触即発の二人。そこで立ち上がったのは加藤イーサンだった。


「勉強の邪魔だから出て行ってくれないか?」


「は?」


「聞こえなかったのか? 出て行け、と言ったんだ」


 加藤は一年時からバスケ部のエースとして全国大会を優勝に導き、MVPをとってしまうほどの選手だ。上背も一九〇㎝以上あり、国際大会でも結果を残している。

 そのため、早い段階からアメリカの大学から熱烈なオファーを貰っているとか。

 

 体格も人一倍デカく分厚い。何よりも、彼が怒ると迫力がある。

 そんな真の強者が圧をかけたもんだから、後藤たちはひるんでしまったようだ。


「俺たちは来週のテストに向けて勉強をしている。それを邪魔するようだったら……わかっているよな?」


「くっ……」


「出て行け。今すぐに。俺の気持ちが変わらないうちに」


「……わかったよ。でもな、高橋。俺たちはお前を諦めたりしねえ。明日もお前を迎えに行くから憶えておけよ?」


 すっかりと弱腰になってしまった後藤たちは、負け惜しみながら教室を出て行った。あんだけ高橋や俺のような人には大口を叩いていたくせに、自分よりも強く反撃してくる相手に弱いようだ。


 緊張状態にあった教室の空気は一気に弛緩し、ホッと誰もが一息をつくことができた。


「加藤。ありがとうな」


 高橋が代表して加藤に感謝を述べた。加藤は柔和な笑みを浮かべながら、全然と首を振って答える。


「礼を言われるようなことしてないよ。友達が困っているのを見過ごすほど、俺はバカじゃないからな」


 かっけぇよ。高橋もそうだけどなんで加藤もこんなにいい奴なんだろうか。

 俺は一瞬にして加藤の大ファンになるのだった。

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