第37話:エンジェル様

深夜の教室、真っ暗な中そこには3人の生徒がいた。3人は一つの机を囲むように座り、1枚の神をみつ見ていた。


A3の紙には、『はい・いいえ』の他に、50音の文字が書かれていた。更に、紙の上には10円玉が置かれ3人の少女が人差し指で押さえていた。


「いいですね? おふたりとも、一度だけ帰宅してシャワーを浴びてきれいにしてきましたわね?」

「はい、屑村さん」

「もちろんです。言われた通りにしてきました!」


どうも、ここにいるのは屑村とその取り巻きの3人のようだった。


「これから予定通り『エンジェル様』をお呼びして、山田くんの好きな人を聞きますわ!」

「「はい!」」


元気よく答える2人。真夜中の真っ暗な雰囲気は台無しだ。


「では……始めますわよ」

「「はい!」」


3人の息はぴったりだった。何かが変われば、良い友達として周囲からも受け入れられていたかもしれない。


「エンジェル様、エンジェル様、いらっしゃいますか?」


屑村はわらをもつかむ思いだった。


「……動きませんわね、10円玉」


その残念そうなその表情を見て取り巻きAが思った。『はい』の方に動いたらいいな、と。人はよそ見をすると、無意識にそちらの方にわずかだが身体が傾くという。


つまり、気持ちがあれば身体は反応するということ。この場合も、10円玉はわずかに動いた。もちろん、霊的なものではない。取り巻きAが思った『屑村さんのためにエンジェル様が来たらいいな』というわずかな気持ちによるものだ。


「!」


それに呼応して屑村と、取り巻きBが思った。『動いた! わずかだけど動いた!』と。


そうなると、人は期待する『はい』の方に動く、と。


一人一人ならば10円玉はピクリとも動かない。2人、3人といるとこういう微細な動きを増幅してしまうことがある。10円玉は少しずつ、そして確実に『はい』を目指して動いていた。


「まあっ! 『はい』のところにきましたわ!」

「よかったですね! 屑村さん!」

「おめでとうございます! 屑村さん!」


既に大きなことを成し遂げたかのように喜んでいるが、実はまだ始まってすらいないのだ。 


「そ、それじゃ。エンジェル様、うちの学校の山田くんが好きな人の名前を教えてください」

「ちょ、ちょっと待ってください、屑村さん」

「どうなさったの?」


屑村が首を傾げて訊いた。


「うちの学校に『山田』は25人います」

「ど、どういうことですの……!?」


たじろぐ屑村。


「『山田』は名字ランキングで全国12位の多さです。うちの学校でも1年に18人、2年8人、3年に1人います」

「めちゃくちゃバランス悪いですわね! 1年に18人もいるって、うちの学校いったい何クラスあるんですの!?」


屑村が座ったまま、両手を伸ばして、取り巻き2人に『待って』いや、『待ってくださいまし』のポーズをとった。


「山田くんは下の名前はなんていいますの?」

「てっきり、屑村さんがご存じなものと思っていました……」

「私も」


3人ともここで気付いた。『今日の集まりは無駄だったのでは!?』と。


「も、もう、帰りますか?」

「待ってください、屑村さん。エンジェル様をお呼びしておいて、何も聞かずに帰すというのはエンジェル様がお怒りにならないでしょうか?」

「どういうことですの?」


取り巻きAの話がいまいちの見込めない屑村。


「屑村さんが近所の子供さんに呼ばれたとします。しかも、お風呂に入っているときなどです」

「……はい」

「そして、その子供の呼び出しに応じて、公園に行ったら『もう帰っていいです』と言い出したら、屑村さんどうしますか?」

「……その子供さんをぶっ飛ばしますわね」


しばし、3人がそれぞれの考えを抱え沈黙した。


「つまり、あなたは今、エンジェル様は入浴中だった、とおっしゃりたいんですの?」

「入浴は例えです。他にもお食事中だったかもしれません」

「なるほど……エンジェル様のご飯って何でしょうね?」


完全に話は脱線していた。歴史に残る大事故レベルに脱線していた。


「……あなたのおっしゃることもごもっともです。つまり、エンジェル様にはお食事として、子供を1人提供する必要がある、ということですわね」

「……大筋ではそんな感じだと思います」

「さすがですわ」


どうもこの3人おつむに問題を抱えているようだった。


「今日は持ち合わせがありません。明日、子羊のテリーヌなどをお弁当に入れていただいて、それをエンジェル様の供物といたしましょう」

「さすがですわ! 子羊は間違いなく、羊のお子さんです!」

「私はてっきり……いえ、なんでもございません」


話はまとまったらしい。少なくとも、彼女たち3人の中では。


「待って! まだやめないで!」


そこに新しく1人少女が教室に入ってきた。彼女の名前は佐々木咲。ひらがなで書くと「ささきさき」。間違い探しではないのだけれど、似た字が並ぶ珍しい名前の少女。


『清純派』と呼んでもいいだろう。黒髪ストレートロングで実にお顔が整っていらっしゃる。誰が見ても『美少女』と呼んで差し支えない。こっそりどこかのヒロインであってもおかしくないほどの美貌。


ただ一つ欠点があるとしたら『お節介』であること。この日も何か違和感を感じて、こんな夜中の教室にのこのこやってきてしまった。


「エンジェル様の供物が届いたんですの!?」

「そうじゃありません!」


彼女は登場早々ツッコみ要員にされそうだった。


「今やめたらとんでもないことになります!」

「そんなことを言われても、これ以上続ける理由が無くなりましたので」


机の上の紙と10円玉をさっさと仕舞う屑村。


「あっ! ……もう、遅かった……。しょうがない。家まで送ります」


どうやらささきさきが3人を家まで送ることになったようだ。

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