第36話:戻る平穏な学園生活
「おはようございます。絆さん、いえ、いずなさん」
「おっ、おはっ……よう…ござっ……いまふっ」
屑村に話しかけられて、見事にいずながコミュ症をいかんなく発揮していた。
「なんだか表情が優れませんわね」
「いえっ……そんな……ことは」
コミュ症なのに律儀なので、なんとか返すいずな。もちろん、その声が屑村に届いていればの話だが。
「いずなさん、髪切りました?」
「いっ、いえ……」
「いずなさん、朝ごはん何食べました?」
「え、えっと……たしかパ、パンを……」
これはやっぱりイジメなのではないかと思ってしまうほど、屑村はいずなの机の真ん前で満面の笑顔で質問を繰り返す。
そして、屑村の後ろには名もない取り巻きが2人。これまた屈託のない笑顔で立っていた。
場所は学校の教室、時は朝のホームルーム前の何でもない時間。相手が仲のいい相手なら普通の会話も、ほんの少し前までイジメの加害者だった屑村からの会話のキャッチボール。
まともなグローブすらもっていないいずなにキャッチも返球もまともにできるはずはなかった。
(ガラッ)「いずな、おはよー」
「山田くん! ここは山田くんのクラスじゃないでょう!」
「いや、なんかヘルプ信号を受信したような気がして……」
何事もないかのように山田はいずなのクラスの教室に入ってきた。
「るぱーーーーっ! 山田様ーーーっ!」
「るぱ?」
お嬢様にあるまじきすごい鼻息と瞳の奥にハートの光を輝かせて山田に謎の言葉とともに近寄った。
「えーっと、屑村だったか……」
「そうでございますわ! 私、絆いずなさんの親友の屑村雪枝でございますわっ!」
いずなはいつから『親友』になったのか、とんと記憶がなく、自分も記憶喪失になったのではないかと一瞬疑った。
「ちょっと待て。そのいずなの親友がなぜ俺に突進してくる!?」
屑村の額を抑えて彼女の突進を阻止する山田。なおも突進してくる屑村。
「ふごふごー! いずなさんとは随分親しくなられたようで! おふたり人の間に何かあったんですかーーー!?」
まさか、一緒にベンツを投げつけられて、殺されかけた関係とは言えず、いずなは回答を山田に託した。
「俺達は付き合ってるからな。……いろいろあった」
「「「きゃーーーーっ!」」」
色々すっ飛ばしたせいで、あらぬ誤解しか産まない発言をしてしまった山田。そして、本人はそれに気づいてない。
「それだと、私と山田くんは(男女の仲的に)色々大変なことになってしまっているという意味になってしまうじゃないですか!」
「(命を狙われたりして)色々大変だったじゃないか」
「「「きゃーーーーっっ!」」」
教室内の誤解は更に広まる。
「とにかく、もう、ホームルームが始まりますから自分の教室に戻ってください!」
これは口を開くたびに傷口は広がるパターンだと判断したいずなは、山田の背中を押して教室の外に追い出そうとした。
最初は逆剥け程度の気にもならない傷だったはずが、気づけば致命傷になるほどの大きな傷になっている未来が容易に想像できた。
大盛り上がりのさなか、一瞬で教室内がいきなり静かになった。別に教師が教室に来たわけではない。
山田といずなの前に突然キバが現れていた。教室には約30人の生徒がいるのに『山田とづなの前』と表現したのは、この2人しかキバを認識していなかった。瞳に捉えていなかった。つまり、見えていなかったのだ。
みんな今まで何を騒いでいたのかと、我に返ったように静かにそれぞれの席に戻っていく。
キバは妖怪なので、妖力や霊感のあるような人間にしか見えなかった。本来、実態のない存在だ。
だから、山田といずなしかキバの存在を捉えることができなかった。山田はキバの主人であり、魂レベルで繋がっているので、認識できて当然であり、いずなは何度もキバと接しているうちに何だか波長が合ってしまっているのが原因だ。
そして、教室内はこの2人だけがキバについて気づいたと思われたが、そのキバの存在を不思議そうに見つめる少女がひとりいた。
山田といずなの他にもうひとり、教室内の他の生徒も反応がおかしいことと、突然全身黒づく目の少女が教室内に現れて、それを機にさっきまであんなに騒いでいた教室が急にしずかになり、みんながそれぞれ自分の席に戻る光景を驚きの表情で見守る生徒がいたのだ。
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