第46話
「そうか……そんなことが。厄介だな」
エレンから一連の話を聞いたアレスが、貴賓室をうろつきながら『いつも』と同じように呟く。しかし続く言葉は違った。
「おそらく王国側に内通者がいる」
「内通者?」
鸚鵡返しに聞いたエレンに、アレスは頷く。
「僕に伝わると不都合な情報があったんだろう。そこで僕の強制的な排除に踏み切ったんじゃないか、と思う」
「じゃあ……」
「本国に連絡を取るのは控えた方がいいだろう」
アレスが導き出した結論に、応接ソファに座っていたエレンはぎゅっと、膝の上で拳を握ってしまう。
相手の情報を何か掴めたかもしれないのに――これで、アレスの死を避けられたかもしれないのに。
唇を引き結んで俯くエレンに、アレスが優しく声をかける。
「大丈夫だよ、エレン。エレンが持って帰ってくれてきた情報だけでも十分助かる。ありがとう」
そう優しく抱き締めてくれるが、エレンは安心できなかった。
大丈夫。そう言ってアレスは、もう何度も死んでいる。
「……じゃあせめて、人目に付くところにいて」
エレンはそっとアレスの胸を押し返し、そう吐露した。
「わたしはずっと一緒にいられない……だったらせめて、襲われにくそうなところにいて」
エレンの学生生活を壊したいわけじゃない。それはアレスが望んだことだ。だからエレンも、その願いは可能な限り叶えたい。
けれどエレンにとって本当は、そんなことよりもずっと、アレスの方が大切なのだ。
「……そうだね」
困ったように苦笑して、アレスは顔を上げようとしないエレンの頭を優しく撫でる。
「エレンを殺さずに慌てて逃げたことを考えても、相手は人目を避けていると考えるのが妥当だろう。今後のリーゼロッテ暗殺とかを考えると、尻尾を掴ませたくないのかもしれない」
その不穏な推測に、エレンはまたしても黙りこくってしまう。
そんなエレンを、アレスは無言で抱き締めた。
大丈夫、とは言わなかった。
アレスの予想は当たった。
試験最終日になっても謎の襲撃者による暗殺は起こらず、試験期間を終え、エレンとアレスは普段通りの学生生活に戻ることに成功した。
しかし、常に人目に付く場所にいられるわけでもない。
アレスが死んだのは、試験が終わってから一週間後だった。
*
その日は雨が降っていた。
「ドレッセル、少しよろしいですか」
授業中、メヒティルトに呼び出され医務室に向かったエレンを待っていたのは、冷たくなったアレスの遺体だった。
男子寮で、発見されたらしい。
「……大丈夫ですか? ドレッセル」
静かに眠るアレスを傍らからエレンに、メヒティルトが気遣わしげな声を掛ける。
エレンは応えず、ただただアレスの
綺麗な顔だった。
長い睫毛が、伏せられた瞼に影を落としている。表情で穏やかで、心臓を刺されたのが嘘のよう。
こうしてベッドに横たわっていると、本当に眠っているようにしか見えない。
けれど、その双眸が開かれることもなければ、白い頬に朱が差すことも二度とない。
アレスは、死んだのだ。
「……彼の持ち物はありますか」
エレンは淡々と聞いた。
示された、ベッドサイドのテーブル。そこに彼の学生鞄と、身につけていた装身具――女神の短剣が置かれていた。
エレンは無言で短剣を手に取る。
「ドレッセル!!」
そしてメヒティルトが制止するよりも早く、己の喉を掻き切った。
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