第22話

「あ、アレス!?」


 抱きかかえられたまま、振り返って困惑の声を上げる。そんなエレンを見下ろして、片膝を突いたアレスはニコリと微笑んだ。至近距離で放たれた甘い笑みに、エレンはカァッと頬を赤らめてしまう。

 ジークハルトはスッと立ち上がると、そんな二人を見下ろして再び嘲笑を零す。


「アレス殿下。運命的な再会だとは聞いているが、その距離感と態度はいかがなものかな? 貴国はおおらかな国だと聞くが、あまりに奔放がすぎると貴国の評判にも関わるのでは?」


 苦言を呈しながらも、嫌らしく口の端を吊り上げる。

 牽制、腹の探り合い。張り詰めた空気が場を包む。

 けれどアレスは、ジークハルトの安い挑発に乗らなかった。

 極めて冷静沈着に、


「問題ありません」


 と言って。



「だってエレンは、僕の恋人ですから」



 その爆弾発言に。


「!???!?!???!?!?」

「「きゃーーーーーーーーーっ」」


 エレンは特大級の混乱を浴び、マリアンネの取り巻き女子からは黄色い悲鳴が上がった。


「こっ、こ、こいび……っ!? あ、ああああアレ……!?」


 呂律が回らない舌で暗に「どういうことなの」と尋ねながら彼を振り返る。しかし彼はジークハルトに視線を向けたままだった。いい笑顔を浮かべて。

 ジークハルトが頬を引き攣らせる。


「それは……なにかの冗談かな?」

「いいえ、本当です。僕と彼女は心から愛し合っておりますので。――この通り」


 そう不適な笑みを作り、エレンの頬に自身の頬を寄せてみせるアレス。

 エレンはというと完全に硬直し、されるがまま。顔の熱がまた一段階上がった。

 そんなエレンを見下ろし――やがてジークハルトは面白くなさそうに顔を歪めたまま、フンと鼻を鳴らす。


「そうか、では貴殿とそこの田舎娘の婚儀の際は、盛大に祝わせて貰おう。田舎娘とはいえ、我が帝国の領民だからな。――行くぞ」


 そう言い残すと、ジークハルトはお供らしき男子生徒を引き連れて去って行く。


「ま、待って下さいまし、ジークハルトさま……!」


 その後をマリアンネ(とその取り巻き)が追いかけていく。

 廊下にはそれまでの喧騒が嘘のような静寂が残った。


「あ、あの……恋人って、その……」


 おずおずエレンは切り出す。

 未だ顔を赤らめたまま、困惑するエレンを見下ろし、「ん?」と不思議そうにアレスは首を傾げる。


「僕はエレンと結婚するつもり。……エレンは僕のこと、嫌い?」


 その聞き方はずるい。


「嫌いじゃない、けど……」


 どうしても全面的に頷けない。脳裏には、この国を滅ぼすと言ったときのアレスの顔がちらついた。

 エレンの心中を察してか、アレスがそっと身を離す。

 遠ざかる温もり。そのことに、エレンは身勝手にも少しだけ寂しさを覚えてしまう。


「それより、そろそろ行かないと授業に遅れるよ。君、大丈夫?」


 アレスはそう言って倒れていた少女に手を伸ばす。エレンはそこでようやく、少女の存在を思い出した。


(わ、わたし、人前でまた……!)


 冷めかけていた頬の熱がカッと上がる。

 頬を抑えるエレンの隣で、ポニーテールの少女がアレスの手を取って立ち上がった。


「は、はい。ありがとうございます! ノイエシュタット第二王子殿下……」

「ほら、エレンも」


 手を伸ばされ、エレンも立ち上がる。

 今までの気まずさやら、謎の恋人宣言への戸惑いやら、人前でまたくっついてしまったことへの恥じらいやら。ひとり百面相をするエレンに、アレスがクスリと笑む。


「それじゃ、また後でね。エレン」

「ひゃう!」


 リップ音と共にこめかみに触れる唇。まるで鳥がついばむようなキスを一つ落として、去って行くアレス。

 ひらひらと手を振って遠ざかるその姿を、エレンはこめかみを押さえて見つめることしかできなかった。

 当然、髪色のように顔を真っ赤にして。


 ――そんなエレンをキラキラとした目で見つめる少女が一人。


 エレンと同じように、アレスを見送っていた少女がヒシッとエレンの手を掴んだ。そして、


「素敵!!!!」

「……はい?」


 悩ましげな顔ながらも、直視できないほど眩しい笑顔を向けてくる少女に、エレンの肩からローブがずり落ちた。

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