ガラスの箱
@ajisai_24
ガラスの箱
銀色の輪がミラーボールの反射のように煌めき、その重なった二対の輪が円を描くように廻り続けている。
中心には裸の少年が浮いている。柔らかい黒髪は上に向かってサラサラと靡いている。
純白の部屋に一人の学者が入ってくる。
170センチで細身の男は手に持った何かしらの長方形の機械を操作している。
少しばかり生えた不揃いの髭を撫でては丸渕のメガネから少年を観察している。
「どうしたらいい?俺はどうしたら」
少年に向けていた瞳は気づけば虚空を眺めている。
うわごとのようにぶつぶつ呟き、唸っては時折、涙を流す。
彼の言動の理由を説明できる者はいない。
彼は生まれた瞬間から学者であった。
神の授かり者。ギフテッド。1000年に一度の天才。などと彼を見たものは思うだろうがそんな世界に彼はいない。
産声すら開けず純白の部屋に生まれ、朝、昼、晩の決まった時間に食事が配膳される。
白いドアを開けて現れるヤツがいるがそいつは形を成していなかった。
分からないではなく、見えない。
ヤツは確かにいると確信できた。
それは唯一見える、宙に浮いたプレートが静かに床に落ち、ドアが閉まる現象から推察した。
その現象も生物的であり、自分自身と同じ種族であること思わせる動きであるものの変わらず見た目も声も分からないままだ。
学者として生まれた彼はひたすらに考えていた。
それは思考という行為。
生まれた瞬間から発生した使命のようであるが彼自身が退屈であるがゆえに思考を働かせることしか出来なかったとも言える。
与えられるものは食事のみで排泄は部屋の中にあるもう一つの白いドアを開ければ用を済ませることができた。娯楽はいっさい与えられない。
彼の幼少期とも名付けられる曖昧な時間の中で彼はひたすらに思考を続けた。
ここがどこであるか。何をすれば良いか。この白い世界だけが真実の世界なのか。生きる理由。生まれた意味。死とは。
考えることで分かる疑問もあれば考えるだけ無駄と分かる途方もない問題についても考え続けた。いや、考え続けなければいけなかった。
もし、彼の他に同じ種族が存在して相手を通して自分を正しく認識できたなら彼は齢5歳であることに気づき、他に世界があることを知るかもしれない。
しかし、彼は幸いというべきかそれらを考える必要がなかった。彼の脳内では擬似的にもう一人の人格が存在していた。
彼がその存在に気づいたのは10歳になる頃だった。漠然としていた彼の疑問がもう一人の人格を通すことで明確な理解を得ることができたからだ。
彼の持った疑問。それは常に知らない何かと対話が可能であったこと。
物心がつく前から自然と抱いた疑問に対して不意に解決案が浮かんだり、新たな切り口を見い出したり、自分という存在をどこか俯瞰して見つめることが
できた。
それはまるで神のような得体のしれないものとの交信のようでもあった。
それにも「分離された人格」として名をつけることができたためにそれまで考え続けていた孤独についても解釈を得ることができるようになった。
彼はこのようにしてただひたすらに思考という果てしなく膨大な行為の繰り返しの日々を送り、一般社会において博士という身分を与えられるほどの思考作り上げ、30という年になった頃には見えないヤツに白衣を渡された。
それの意味を理解した時、彼はようやく自分が何をすべきかを少し理解したように感じた。
人間という種族が持つ無の中の可能性
彼がこの部屋で衣服を身につけたのはこれが初めてであった。
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