ショートショートオムニバス 地図と硝子と約束と花
ハヤシダノリカズ
地図に描かれた絵
それは洞窟の奥にあった。誰も知らない誰も寄り付かない洞穴を進んだ先にある、四方を崖に囲まれた光射す広場。切り立った崖で深くえぐれた穴の底からは幾すじかの洞窟が伸びていて、いくつかは山の麓へ、いくつかは人を寄せ付けない水脈へと通じている。
そんな崖の底に老齢の男と若い男が立っている。
「博士、この壁画が世界地図というのは本当ですか?」
若い男が老齢の男に尋ねる。二人の目の前には滑らかな岩肌を見せている崖の一部がある。
「あぁ。風化している箇所も多く、巨大が故に近くで見ても分かり難いが、五十メートルも下がれば、世界地図である事はキミにも見てとれるだろう」
「いえ、世界地図らしさは感じています。でも、ここは南米ですよ。南米というこの場所で世界地図を描くのなら、日本が真ん中に描かれているのはどうにもおかしい」
「ふむ……。確かにキミの言う通り、地図の中心が日本であるなら、それはおかしい。ここが日本国内であるならともかく」
「そうでしょう?」
「だが、この世界地図の中心が日本だなんて、誰が言ったのだ?」
「誰が言うもなにも、右側にアメリカ大陸、左側にユーラシア大陸が描かれているんですから、この地図の中心は日本か、もしくはアジアでしょう」
「キミは見落としている。太平洋の真ん中に不自然な膨らみがある事を」
「不自然な膨らみ?」
「そうだ。この壁画の地図は大陸や島を浮き上がらせて描いている。いや、海の部分を削ったと言った方がいいか。元々が浅い凹凸であった事と、風化で見えにくくはなっているが、この太平洋の真ん中にはムー大陸が描かれている」
「ムー大陸!」
「そうじゃ。この地図の中心はムー大陸なんじゃ」
――
「それならば、博士。博士はこれからどうなさるおつもりなんですか?」
「うむ。この地図に落書きのようなものがある事に気付いているか?」
「えぇ。南米にはナスカの地上絵が描いてありますし、オーストラリアのコレはおそらく
「そうだ。そして、中国には万里の長城、カリフォルニアにはセコイアの巨木が描かれている」
「あ、ホントだ」
「この世界地図に記されているランドマークはその四つだけ。この大きさの地図に四つとは不自然だと思わないか?」
「はぁ……」
「ピンと来ておらんようじゃな。ワシはこう考えておる。万里の長城とナスカの地上絵を直線で結び、ウルルとセコイアの巨木を直線で結んだ交点に、ムー大陸の秘密があるに違いない、と」
「えー。博士、ちょっと夢を見すぎですよ。ナスカの地上絵も、万里の長城も、それぞれがそれぞれの文化で生まれたものじゃないですか。そんなものがムー大陸と結びつくなんてあり得ない」
「いや、ウルルとセコイアの巨木は元々あったものとして、線を引く目印に最適だった。この二つを結んだ直線上に元々ムー大陸の秘密があったのだ。そして、その線との交点を生み出す為に、この地図を作った連中はナスカに地上絵を、中国に万里の長城を作らせたのだ」
「つまり、それは……」
「古代に地球を支配していた文明がムー大陸にあった。そして、我々の目の前にあるこの地図はその文明の欠片じゃ」
――
大型クルーザーには二十人ほどのクルーが乗っている。太平洋上の交点を解析した博士が集めた選りすぐりの人員と機材を乗せてクルーザーは洋上を走っている。その甲板には浮かない顔をした男が一人で海を眺めている。
「さて……、ついに言い出せないままここまで来てしまった」
その男は博士と二人で壁画地図を調査していた助手だ。
「私は言語能力を買われて助手をしていた訳だが、あの洞窟から一番近い村への買いだしは私の仕事だった。食料品を村で手に入れては壁画の前で研究に没頭していた博士に食事を提供していた。それはいい」
男は一つため息をついた。
「だけど、私は知ってしまったのだ。あの村には地面に奇妙な猿を描く少年が沢山いる事を。それは子供たちの流行の落書きで、ナスカの地上絵の猿にそっくりな事を。そして、我々が調査している洞窟が、以前はその子たちの遊び場であった事を。あの壁画に猿を描いた少年がいた事を」
助手の男は頭の中でいくつもの数字を叩きだす。クルーザーや人員や機材にかかっているその費用、その総額は小さな会社の年商を軽く超える。
「博士の推論はそれなりに信じられるものなのかも知れない。ムー大陸の痕跡に辿り着ける論理は確かにあったのかも知れない。でも、前提の座標の一つが大間違いだ。あれは村の子供が描いた落書きだ。たまたま、ナスカの地上絵のある位置に、たまたまそれに似た流行の落書きが描かれただけだ」
遠くで一頭のイルカが跳ねた。
「あぁ、オマエはいいなぁ。自由で。オレは博士の提示した給金に囚われて、博士の転落にこれから付き合わなくっちゃいけない。逃げ場もないんだよ、船の上だしな」
強い日差しの下にあっても、助手の顔色は一向に良くならない。
クルーザーは快調に洋上を進む。
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