Episode1-1 〈青山透莉視点〉 〈中村那緑視点〉

 俺、青山透莉あおやまとおりは中学二年生になる時に高専に行くという選択をした。早く働きたかった、早く大人になりたかった。色んな理由があるけれど、一番は母に恩返しがしたかったのだと思う。俺の家は母子家庭で俺の他に兄と姉がいる。兄はもう札幌の企業に就職し、実家は札幌にある。そこからどの高専に行こうか迷った時、俺の頭ではこの双葉ふたば工業高等専門学校(通称:双葉ふたば高専こうせん)に行くしかなかったのだ。距離的な問題で寮生になるしか通う方法はなかったが、今ではそれが一番良かったと思っている。一年生の時に相部屋となった渡島大和おしまやまとが高専二年生となった今でも俺の親友でいてくれることが嬉しくて仕方ない。大和は俺と違って優秀で高専を卒業した後は大学に編入し、大学院を経て就職するらしく、しっかりしている人物だ。俺が大和に勝てることと言ったら身体能力くらいか…違うことと言えば恋人がいるかどうか。ただ俺は恋人が自分のステータスではないと思っているのでそれは比べる必要もない。付き合って二年目の彼女と夏休みは何処で遊ぼうかそればかり最近話している。

「透莉、起きろ。」

「んぁ…。」

気づけば朝だ。あと十五分後には一時間目開始のチャイムが鳴る。

「…なーんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」

「起こしてもお前が二度寝するからだろ阿保、急げ。」

あーあ、早く夏休みになんねーかなぁ。そんなことを考えながら部屋に干してあったパーカーを手に取り寝ぐせの酷いまま登校した。



 私、中村那緑なかむらなよりは中学三年生のぎりぎりなで悩んで高専に行くという選択をした。大学には行きたくなかった、地元を離れたかった。何よりも大きな理由は家族から離れることだった。私は施設から貰われたいわゆる養子。悲しいことにどんなに偽ったところで血のつながりはない。札幌から丁度出られてかつ早く両親に恩返しがしたい。そう思った私は双葉高専にした。学力がそこそこの私には丁度いい学校だったと思う。無事に寮に入れる手続きが完了した時、「いつでも戻ってきなさいよ。」と母は言ってくれ、父もその言葉を否定することは無かった。愛されていることは知っている。ただ私がそこでは生きにくいのだ。一年生はよくホームシックになって休日は帰りがちと聞かされていたがむしろその逆。長期休みで寮から追い出される時にしか帰省しなかった、高専二年生になった今でもきっと変わらないのだろう。


 ピピピピッ ピピピッ


五時半の目覚ましを止める。

「夏休みなんか来なければ良いのに…。」

呟いた言葉は虚空に散っただけ。痛い右目をおさえながら私は起き上がった。この右目が治ることは無いのだろう。そんなことを考えながら珈琲を入れるためホールへ静かに向かった。



 授業開始のチャイムに滑り込みで間に合った俺達は寝不足ながらも九十分授業を二回きちんと受け、お昼を迎えた。男子寮、女子寮共に方向は同じなのでクラスの寮生がぞろぞろと廊下へ外へ出る。

「今日の飯何だけか。」

「俺が知る訳ねーよな。」

そんな会話をしていると、

「なよりー、今日のお昼は?」

「塩ラーメンかな。」

「お、さすが。ありがとー。」

目の前の女子寮生の会話が耳に入る。

「…だってよ。」

「なあ大和、俺がたまーに思うこと言っても良いか?」

「どーぞ。」

「中村さんって何見てるんだろーってたまに思うんだよね。」

「は?」

「いや、何かこう…普通なんだけどたまにじっと物とか人を見て何も見なかったみたいな顔する時あるじゃん。」

「あるじゃんとか言われても分かんねーよ。」

だよなぁ、やっぱ俺だけか。この前他の友達にも聞いてみたけど、同じクラスになって二か月経ったばかりなのにそんなこと見てる余裕ないって言われちったし。気の所為なのかもな。

「……。」

「!」

気のせいで終わらせようとした会話。大和が丁度スマホに目を向けたタイミング、その一瞬、中村さんが後ろを振り返り、俺とわざと目を合わせて来たように思えた。

「那緑、ラーメンについてくるゼリーいらないからあげるよー。」

隣にいる女子寮生から話しかけられたことでそちらに向き直る中村さん。

「え、ほんと、ありがとう!」

「ほんとによく食べるねー。」

「午後お腹空いちゃうからちゃんと食べないと。」

女子寮生で会話が弾む中、俺は夏も始まるというのに冷や汗をかいていた。

「――おい、とーおーり、お前歩きながら寝てるのか。」

「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事。てか大和もスマホ見ながら歩くのやめなよ、危ないよ歩きスマホ。そろそろ罰金とられるってニュースでやってたじゃん。」

「分かってるよ。」

そんなに夢中に何を見ているんだと思ったらこちらに画面を見せてきた。それは短めの動画で流行っていた都市伝説番組の口調を模したもの。動画自体はこれといってインパクトはない。

「『ワスレロジ』…何だそれ、聞いたことないな。」

「だから気になって見てんじゃんかよ。」

俺はさほど興味はなく、寮でご飯を食べた後はすっかり忘れ、午後の超絶眠たい授業を乗り越え部活へ向かった。授業も無くずっとバスケに打ち込めたらと思う。大和も一緒に体育館に向かい、バレーシューズを履いてコートに入った。体育でやるバレーはとても楽しい。ただガチでやるならやっぱりバスケが一番だ。双葉高専はそんなにバスケが強くない。工業やテクノロジーなどの分野を扱う専門高校でスポーツをやるにはエンジョイ勢の方が多かったり、緩く始めてみました、みたいな人が多いように感じる。今一緒にバスケをしている同級生で同じクラスのあいつとは部活に向き合う真剣さで揉めている面が若干ある。早く解決したいなぁ。

「青山、お疲れ。」

「ん、遠田。お疲れ。」

その部活の取り組み具合でぶつかっているのがこの男、遠田えんだ海未うみだ。プレイは申し分ないほど上手なのだがやはり態度が俺と対立するような形になってしまっているため中々打ち解けられないでいる。夏の大会もあるのでそれまでにはチームの雰囲気のために何とかしなければ…。今度大和に仲裁で入ってもらって寮で話し合おうか。

「練習始めるぞ、集まれー。」

「はい!」

「はーい。」

先輩の掛け声に各々反応を示し、集まる。海未を除いて。



 私は塩ラーメンを啜りながら先程の出来事を考えていた。私と照井てらい佳苗かなが歩く後ろには青山透莉と渡島大和が居た。彼らもまた寮生なので足の向く方向が同じ事は否定しない。ただ青山透莉の発言が私の心に残る。彼はこの二か月、私の視線の位置や表情などくだらないものを見てあんな感想を持ったのだ。危うくばれるところだった。しかもそれを渡島大和に相談している所も総じて危ない。たまたま渡島大和が気にしていなかったから良かったが、双方が同じようなことを思っていたら危なかった、この目がおかしいなんて悟られたくも無い。

「那緑、はい!」

私を現実に戻したのはラーメンについてきたゼリーだった。

「…ん、ありがとう。」

軽いお礼と共に受け取り、自然な笑顔を作る。

(このゼリー美味しいんだよな、小学校の給食を思い出す。)

ゼリーに絆されてか、これ以上は無駄だと感じたのか私は考える事をやめ、午後の授業も何事も無く受け、有意義な放課後を過ごした。私は無所属なため周りのように時間に縛られた行動はとらない。部活動は正直苦手だ、人付き合いが得意でない人間が先輩後輩、上下関係、遠征、大会…その他色々、楽しめる訳がない。まあ、こんなことを言いつつ中学時代は運動部だった訳だが、高専では部活を強制されている訳では無い。自分の好きなことに時間を使えばいい。私にはそれがたまたま部活に入らないということで生まれただけである。今日は何だかモヤモヤするので気分転換に走ろうかと思う。これでも中学生の頃はアクティブな友人がいて、彼女達はつまらない私のことを何故か陸上部に誘い、大会にも引っ張り出してくれた。記録こそ悪かったが、顧問の先生は今でも恩人と呼べるし、彼女達は今でもたまに連絡を取るくらいの仲である。きっと彼女達が一緒なら部活を続けただろうに…走った日々は身体に染みついているのか、運動自体を断ち切ることはできす、陸上部に所属しないでダラダラと走り続けている。

「今日はどこまで行こうかな。」

自分の居室で荷物を下ろし、居室の鍵と腕時計のみ身に付け外へ出る。もう、パーカーで走るには暑いだろうか…。

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