Episode1-1 〈青山透莉視点〉 〈中村那緑視点〉
俺、
「透莉、起きろ。」
「んぁ…。」
気づけば朝だ。あと十五分後には一時間目開始のチャイムが鳴る。
「…なーんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」
「起こしてもお前が二度寝するからだろ阿保、急げ。」
あーあ、早く夏休みになんねーかなぁ。そんなことを考えながら部屋に干してあったパーカーを手に取り寝ぐせの酷いまま登校した。
私、
ピピピピッ ピピピッ
五時半の目覚ましを止める。
「夏休みなんか来なければ良いのに…。」
呟いた言葉は虚空に散っただけ。痛い右目をおさえながら私は起き上がった。この右目が治ることは無いのだろう。そんなことを考えながら珈琲を入れるためホールへ静かに向かった。
授業開始のチャイムに滑り込みで間に合った俺達は寝不足ながらも九十分授業を二回きちんと受け、お昼を迎えた。男子寮、女子寮共に方向は同じなのでクラスの寮生がぞろぞろと廊下へ外へ出る。
「今日の飯何だけか。」
「俺が知る訳ねーよな。」
そんな会話をしていると、
「なよりー、今日のお昼は?」
「塩ラーメンかな。」
「お、さすが。ありがとー。」
目の前の女子寮生の会話が耳に入る。
「…だってよ。」
「なあ大和、俺がたまーに思うこと言っても良いか?」
「どーぞ。」
「中村さんって何見てるんだろーってたまに思うんだよね。」
「は?」
「いや、何かこう…普通なんだけどたまにじっと物とか人を見て何も見なかったみたいな顔する時あるじゃん。」
「あるじゃんとか言われても分かんねーよ。」
だよなぁ、やっぱ俺だけか。この前他の友達にも聞いてみたけど、同じクラスになって二か月経ったばかりなのにそんなこと見てる余裕ないって言われちったし。気の所為なのかもな。
「……。」
「!」
気のせいで終わらせようとした会話。大和が丁度スマホに目を向けたタイミング、その一瞬、中村さんが後ろを振り返り、俺とわざと目を合わせて来たように思えた。
「那緑、ラーメンについてくるゼリーいらないからあげるよー。」
隣にいる女子寮生から話しかけられたことでそちらに向き直る中村さん。
「え、ほんと、ありがとう!」
「ほんとによく食べるねー。」
「午後お腹空いちゃうからちゃんと食べないと。」
女子寮生で会話が弾む中、俺は夏も始まるというのに冷や汗をかいていた。
「――おい、とーおーり、お前歩きながら寝てるのか。」
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事。てか大和もスマホ見ながら歩くのやめなよ、危ないよ歩きスマホ。そろそろ罰金とられるってニュースでやってたじゃん。」
「分かってるよ。」
そんなに夢中に何を見ているんだと思ったらこちらに画面を見せてきた。それは短めの動画で流行っていた都市伝説番組の口調を模したもの。動画自体はこれといってインパクトはない。
「『ワスレロジ』…何だそれ、聞いたことないな。」
「だから気になって見てんじゃんかよ。」
俺はさほど興味はなく、寮でご飯を食べた後はすっかり忘れ、午後の超絶眠たい授業を乗り越え部活へ向かった。授業も無くずっとバスケに打ち込めたらと思う。大和も一緒に体育館に向かい、バレーシューズを履いてコートに入った。体育でやるバレーはとても楽しい。ただガチでやるならやっぱりバスケが一番だ。双葉高専はそんなにバスケが強くない。工業やテクノロジーなどの分野を扱う専門高校でスポーツをやるにはエンジョイ勢の方が多かったり、緩く始めてみました、みたいな人が多いように感じる。今一緒にバスケをしている同級生で同じクラスのあいつとは部活に向き合う真剣さで揉めている面が若干ある。早く解決したいなぁ。
「青山、お疲れ。」
「ん、遠田。お疲れ。」
その部活の取り組み具合でぶつかっているのがこの男、
「練習始めるぞ、集まれー。」
「はい!」
「はーい。」
先輩の掛け声に各々反応を示し、集まる。海未を除いて。
私は塩ラーメンを啜りながら先程の出来事を考えていた。私と
「那緑、はい!」
私を現実に戻したのはラーメンについてきたゼリーだった。
「…ん、ありがとう。」
軽いお礼と共に受け取り、自然な笑顔を作る。
(このゼリー美味しいんだよな、小学校の給食を思い出す。)
ゼリーに絆されてか、これ以上は無駄だと感じたのか私は考える事をやめ、午後の授業も何事も無く受け、有意義な放課後を過ごした。私は無所属なため周りのように時間に縛られた行動はとらない。部活動は正直苦手だ、人付き合いが得意でない人間が先輩後輩、上下関係、遠征、大会…その他色々、楽しめる訳がない。まあ、こんなことを言いつつ中学時代は運動部だった訳だが、高専では部活を強制されている訳では無い。自分の好きなことに時間を使えばいい。私にはそれがたまたま部活に入らないということで生まれただけである。今日は何だかモヤモヤするので気分転換に走ろうかと思う。これでも中学生の頃はアクティブな友人がいて、彼女達はつまらない私のことを何故か陸上部に誘い、大会にも引っ張り出してくれた。記録こそ悪かったが、顧問の先生は今でも恩人と呼べるし、彼女達は今でもたまに連絡を取るくらいの仲である。きっと彼女達が一緒なら部活を続けただろうに…走った日々は身体に染みついているのか、運動自体を断ち切ることはできす、陸上部に所属しないでダラダラと走り続けている。
「今日はどこまで行こうかな。」
自分の居室で荷物を下ろし、居室の鍵と腕時計のみ身に付け外へ出る。もう、パーカーで走るには暑いだろうか…。
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